優しい鳥籠〜元生徒の検察官は再会した教師を独占したい〜

1

 あの時、別の言葉を言えていたら、何かが変わっていたのだろうかーーあれから六年の歳月が過ぎても、つぐみは何度もあの日を振り返ってしまう。

『先生、付き合ってる人っているんですか?』

 もしも否定していたら違った未来が待っていたのかもしれないと考えるだけで、後悔ばかりが押し寄せる。

 どうしてそんなことばかり思ってしまうのかーーその理由はわかっていた。だって私は幸せじゃないから。

 テーブルの上に置かれたつぐみの握り拳に、彼の手がそっと重なり、それから優しく包み込まれる。

「そんなに意地張らないでよ。それともやっぱり気持ちはなかった?」
「そんなわけないじゃない……! でも私は……傷付くのが怖い弱虫なの。自分の保身ばかり考えちゃう……」
「だから俺に対しても予防線を張ったんだね」

 本音を言えばこのまま流されてもいいと思うのに、やはりどこかでストッパーがかかるのだ。彼に手を出したらダメ。だって彼はーー。

 そう思った時、つぐみの指の付け根を彼の指か何度も撫で始める。その度にくすぐったいような、体の奥の方がキュンと熱くなっていく。

「だ、ダメ……それやめて……」

 こんな顔、恥ずかしくて見せられないーー思わず顔を背けたが、それを見ていた彼がクスクスと笑う。

「あぁ、何だ、そういうことか。先生は素直になれない意地っ張りで、しかも真面目なところは相変わらずなんだね」

 すると彼はつぐみの耳元で、
「もっと俺に頼って。本当のつぐみさんを見せてよ」
と囁いた。

 名前を呼ばれた途端、つぐみの体の力が抜け、口からは甘い吐息が漏れる。呼び方が変わっただけで、こんなにも罪悪感が減っていくなんて思わなかった。

「でも私……酷いことしたのに……」
「何も酷くなんかないよ。言ったよね、今となっては感謝してるって」

 彼はつぐみの手を開かせると、指が絡み合うように握り合った。触れているのは手だけのはずなのに、まるで体全体を包まれているかのような高揚感を感じる。

「ねぇつぐみさんも明日から三連休?」
「うん……そうだけど……」
「じゃあさ、俺の部屋においでよ」
「それは……三日間ってこと?」
「そう。めいっぱいリラックスさせてあげるよ」

 彼は昔と同じ笑顔を浮かべる。

「ただし、これだけは伝えておく。俺は昔からずっとつぐみさんが好きだったし、今も気持ちは変わらない。それがどういうことなのか、覚悟して返事して」

 彼が突然大人の男になったような気がして、胸が大きく高鳴った。

 好きな人と三日間も同じ部屋で一緒に過ごして、何も起こらないはずがない。それはきっと、そういうことを覚悟するということだろう。

「だからあなたを大好きで止まない俺をもっと利用して。つぐみさんはどうしたい? それともどうして欲しい?」

 優しい言葉とは裏腹に、彼の瞳はギラギラと燃えたぎっているように見える。

 だけど不思議とそれが嫌ではなかった。むしろこの瞳に捕えられてしまいたいとすら思う。

 つぐみは唇をきゅっと結ぶ。瞳を閉じてしばらく考え込んでから、意を決した様子で口を開いた。
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