店長代理と世界一かわいい王子様 ~コーヒー一杯につき伝言一件承ります~
「確か、煎りが浅いと酸味が、逆に深いと苦味が強まるのだったか?」
「はい。しかも、一度焙煎してしまうと香りも味もやり直しがきかないため、どの時点で火から上げるのかが最も重要になります」

 加熱をやめる瞬間を見極める目安となるのが、豆の爆ぜる音だ。
 コーヒー豆の焙煎とは、そもそも化学反応である。
 焙煎の際、豆の内部で水蒸気と二酸化炭素が発生し、それによって膨らんだ豆がバチバチと音を立ててはじけるのだ。

「一爆ぜと呼ばれるこの現象が始まった時点では浅煎り、終わった時点だと中煎り、さらに加熱を続けますと今度はチリチリと音を立てますが、これが終わった時点で止めれば中深煎りになります」

 コーヒー豆の声に、イヴはじっと耳を傾ける。
 最適の焙煎時間は豆の品種によっても異なり、フォルコ家のコーヒー狂達は代々研究に研究を重ねてきた。
 その成果が、イヴの記憶の引き出しに全て詰まっているのだ。

「──ウィリアム様、今です。上げてください」
「よし」

 二爆ぜの終了と同時に網の上に広げられた豆を、イヴはまた慌てて扇いで冷ます。
 豆自体に熱が残っていると、火から上げてもさらに焙煎が進んでしまうためだ。
 イヴとウィリアムは広場に置かれた大きな切り株をベンチ代わりにくっ付いて座り、かれこれもう一時間ほどコーヒー豆を煎っていた。
 時刻はそろそろ十五時──午後のお茶の時間に差し掛かる頃だろう。
 よくよく冷ました豆をビンに詰めたイヴは、ウィリアムの顔を覗き込んだ。
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