すずらんを添えて 幸せを
「暑いー。この陽射し、絶対楽器にも良くないよね」

正午に始まった試合は白熱していた。

試合の様子を見ながら指揮を振る部長を凝視して、私達は応援ソングを何曲も場面に合わせて合奏する。

相手側の攻撃になると、席に座って楽器をタオルで保護した。

私はキンキンに熱くなったサックスを手に、あちこちチェックする。

思った通り、パッドがいくつか日焼けしていた。

「ああー、コンクール前なのに」

嘆いていると、隣からパートリーダーの奏也(そうや)先輩が声をかけてくる。

「蘭、サブ楽器持ってないの?」

「はい。これ1本です」

まじで?!と奏也先輩は驚いている。

「とにかく日陰に移動しろ。コンクール前に楽器調整する時間もないからな。これ以上、陽に当てるなよ」

「はい」

私は先輩に促されて、スタンドの日陰の席に移動する。

その後も、太陽が傾くのに合わせて先輩は私を日陰に連れて行ってくれた。

試合は我が校の勝利!
甲子園まであと一つ!と、みんなは大いに盛り上がった。

「お疲れー。またね、蘭」

帰り道。
自宅の最寄駅で降りる私に、くるみが車内から手を振る。

「うん。またね、くるみ」

ドアが閉まって動き始めた車両を見送り、私は楽器ケースを握り直して改札へと向かう。

すると後ろから、蘭!と誰かが呼ぶ声がした。

振り返ると、奏也先輩がタタッと小走りに近づいて来る。

「お疲れ様です。あれ?先輩のうちってここでしたっけ?」

「いや、違うんだけど」

「何か用事ですか?」

「まあ、そんなとこ」

そう言って肩を並べる先輩に首をひねりつつ、私は一緒に歩き始めた。

改札を出ると、先輩は何も言わずに私の隣を歩き続ける。

「先輩、ここから先は住宅街ですけど。大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫」

私はますます首をひねる。

「えっと、それでは私はここで」

「あ、蘭のうちってここなのか?」

「はい。このマンションです」

「そっか。それなら、はいこれ」

「はいこれって、これ?!」

先輩が差し出した楽器ケースに、私は目が点になる。

「え?先輩の楽器ですよね?これを私にどうしろと?」

「明後日の決勝戦、これを吹け」

「へ?いやいや、先輩の楽器ですよね?」

「これ、セカンド楽器なんだ。メインでは吹いてない」

「いやでも、そしたら決勝戦、先輩は何を吹くんですか?まさか、メインじゃないですよね?」

先輩はコンクールで大事なソロパートを吹くことになっている。

しかも3年生の先輩にとって、これが最後のコンクールだ。

楽器のコンディションだって、細心の注意を払って準備しているはずだ。

「俺、決勝戦は部長に代わって指揮をすることにしたんだ。だから大丈夫」

「そうなんですね?」

「ああ。あいつも吹きたがってたから、ちょうどいいしな。だから蘭はこの楽器を使え。大事なコンクール前にメイン楽器をだめにするな」

「はい。じゃあ、ありがたくお借りします」

「うん」

私は先輩から楽器ケースを受け取った。
セカンド楽器とはいえ、かなり値が張るいいモデルの楽器だ。

「大切に使わせて頂きます。調整に出してからお返ししますね」

「いいよ、そんなの。どうせ応援演奏が終わったらまたお蔵入りだしな。じゃあ、お疲れ」

そう言って先輩は、またもやタタッと小走りで駅へと戻って行く。

「あ!」

私は慌てて声をかけた。

「ありがとうございました!お気をつけて」

先輩は振り返らず、片手を挙げて去って行った。
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