大好きなあなたに、笑顔でまたねと言えますように
 翌日、私は手短に支度をして、家を出た。結局今日、友里香さんは仕事を休んだらしい。沙耶香ちゃんが一人になってしまうから、心配で。友里香さんが「無理言ってごめんね」と謝ってきたけれど、私は頷くだけで、謝ることができなかった。
 外に出ると、二人が待ってくれていて嬉しさが込み上げてきた。同時に日光に照らされて、汗がダラダラと垂れてくる。

 「二人ともおはよう。ごめんね、待たせちゃって」

 「愛海ちゃんおはよう」

 「まなみんおはよ、あたし達そんな待ってないし大丈夫だよ!」

 ――二人のお洋服、可愛い。
 花菜ちゃんはポップな黄色のトップスに、短いパンツを履いている。遥香ちゃんは水色の肩出しワンピースで、大人可愛い。
 それに比べて私は黒色のトップスに、紺色のスカート。何だかお葬式に行く人のコーデみたいで、今更着てきたことを後悔してしまう。

 「じゃあそろそろ行こうか!」

 「そうだね、行こう」

 私はネガティブになっちゃいけない。と考えた。どんなときも笑顔でいないと、今まで作ってきた “水坂愛海” のイメージが崩れてしまう。私は口角を上げて、「行こ!」と明るく言った。

 「よし、みんな頑張ろうね」

 「うん、あたし気合入れるわ!」

 「花菜ちゃん、それですぐ休憩とかやめてね」
 
 「あははっ、今日は違うから! 頑張るし!」

 二人が楽しそうに会話しているのを見て、羨ましくなった。花菜ちゃんや遥香ちゃんは、悩みがなさそうだから。あったとしても、すぐ解決して、すぐ立ち直れそうだから。
 それに比べて私は凄いネガティブで、几帳面で心配性。どうして私だけがこんなに不幸なんだろう、と思ってしまう。

 ――だめ、笑顔でいないと。笑顔を、保たないと。
 そんなことを考えながら、私達は勉強した。ワークを解き進めたり、教科書や参考書を読んだり。図書館は物静かで、心が安らぐ。私の大好きな場所だ。

 私は自慢みたいになるが、頭は良い方。小学生の頃は、お母さんに喜んでほしくて、毎日勉強を頑張っていた。満点を取れば、お母さんから満面の笑みが返ってくるから。
 中学生でお母さんがいなくなっても、私はお母さんが見てくれていると信じて勉強を頑張った。むしろ勉強しか取り柄がない。私は勉強しかできない、ただの真面目ちゃんだし、周りに偽りの笑顔をしている。

 ――私って、何なんだろう。

 「ふう、そろそろ終わりにしようか」

 「うん、そうだね」

 かれこれ二時間程勉強した。
 こんなに集中力があるとは自分でも思っていなかったから、驚きだ。かなり自分でも頑張ったほうだと思う。

 「じゃあどこか行きたいところある?」

 「私、サンダル買いたいんだよね。今年の夏、履きたいなって思って」

 「あっ、私も、スニーカー買いたかった」

 明日からまた、朝早く散歩することにした。麗太くんに、会えるかもしれないからという希望もあるけれど、何か新しい自分を見つけたいから。スニーカーに小さい穴が空いてしまったため買い替えようと思っていた。
 私達は図書館の近くにある、小さい靴屋へ行った。お店は小さいけれど、品揃えは豊富だから、気に入ったスニーカーが見つかればいいなと思う。

 「うーん、どれがいいかなぁ」

 「あっ、これとかいいんじゃない? はるるんに似合いそうな、オレンジ色だよ!」

 「私、ちょっとあっち見てくるね」

 私は盛り上がっている二人にそう言って、スニーカーの棚へと向かった。やはり三人組は辛い。絶対に一人は仲間はずれになるから。
 だけど仕方のないことだろう、奇数だと偶数になるのは当たり前だし。私が率先して話に混ざらないのがいけないのだから。
 ――どれがいいのかな。

 「お客様、スニーカーで悩んでいるのですか?」

 突然、女性の店員さんが私に声をかけてきた。昔から思うけれど、靴屋って何故か店員さんに良く話しかけられる気がする。
 『履いてみますか?』とか、『サイズ確認しましょうか?』とか。

 「えっと、はい。新しいスニーカーを買おうと思って」

 「お色とか、ご要望ございますか?」

 「……いえ、特には。サイズは、二十五です」

 「でしたらお客様に、ぴったりのスニーカーがございます。すぐにお持ちいたしますね」

 と言って、店員さんは一足の靴を手に取って持ってきてくれた。どんなスニーカーなのだろう、と私は胸がワクワクしていた。

 「こちらになります」

 店員さんが出してきたのは、水色のシンプルなただのスニーカーだった。けれど一つだけ、ピンポイントがある。
 ――かかとのところに一つだけ、白色の雪結晶が描かれていた。私の前の苗字にぴったりの靴だと思った。“雪白” だったから。

 「可愛い、です」

 「そうですよね! 今ならセール中で、お値段四千円になります。いかがでしょうか?」

 私は思わず手を止めた。バイトはしていないし、お小遣いも貰っていない。欲しい物はないし、親を困らせたくなかったから。今日は今まで貯金してきた分の数万円を持ってきた。
 けれどやはり数千円は出費が痛いので、私はどうしようかと迷っていた。
 ――でも、素敵な靴だし。

 「それとこちらもおすすめです、白色のスニーカーになります。お値段は二千円です!」

 すると今度は、白色の無地のスニーカーをおすすめされた。確かに可愛いし、お値段も安いから私はこのスニーカーにしようと思った。
 その瞬間に、美桜さんの言葉が頭に思い浮かんだ。

 『女の子はね、とびっきりいい靴を履いたほうがいいんだって。その靴がきっと、幸せな未来に導いてくれるから』

 「……こっちに、します。水色の方で」

 「かしこまりました、ありがとうございます!」

 以前の私だったら、先程の白いスニーカーを選んでいたと思う。私は無地のシンプルな方が好きだし、お値段も安いから。
 ……でも美桜さんの言葉が聞こえて、考えが変わった。

 「このまま履いていきますか?」

 「はい、履いていきます」

 私は水色のスニーカーをゆっくりと履いた。優しい肌触りで、少し緩いけれど履き心地が良い。それにピンポイントの雪結晶が私らしいし、可愛い。
 ――私を幸せな未来へ、導いて。


 「あれ、まなみん、靴変わった?」

 「うん、買ったの。どうかな」

 「凄い可愛いよ、愛海ちゃんに似合ってる!」

 以前の私だったら絶対にスニーカーなんて買わなかった。必要性がないし、なるべくお金はやりくりして使わないといけないから。
 今は、自分のためにお金を使って自分のために物を買った。
 美桜さんの言葉が、私を変えた。

 「遥香ちゃんは、買わなくていいの?」

 「うん、私はいいかな。気に入ったのなかったから」

 「あたしも特に欲しいのないから、いいやー」

 笑顔を作らないと、と思わなくても、私は無意識に笑えるようになった。ほんの少しだけ。花菜ちゃんや遥香ちゃんといると、胸が暖かくなる。楽しさが溢れ出てくる、魔法みたいだ。
 ――二人に出会えて、本当に良かった。

 「もうこんな時間だね」

 「そうだねー。そろそろ解散しよう!」

 「仕方ないよね、また遊ぼう」

 そう言ってまた、いつものように笑顔を作る。こうしていれば、みんな笑顔になれるから。
 いつでもニコニコしていればきっと仲間はずれにされない。だから大丈夫だ、と言い聞かせる。

 「またねー!」

 「またね、良い夏休みを」

 「二人とも、じゃあね」

 別れるのが惜しいけれど、私は二人が見えなくなるまで手を振った。夕焼けに照らされる笑顔を浮かべて。
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