その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

4 矜持のための

ロブダート侯爵ラッセル・イザルド。会話をしたのは初めてだったが、変な男だと思った。

王太子殿下の近習として育ち、今最も殿下の信の厚い男で将来は国王の側近の筆頭候補だ。整った顔立ちをしながらも、どこか他人を寄せ付けない雰囲気を持ち、それなのにそんなミステリアスな雰囲気が令嬢達を夢中にさせている。しかし婚約者はおろか、特定の女性を伴うことはなくて、舞い込む数々の縁談にも興味を示さないともっぱらの噂だ。

そんな彼が、なぜあのようなところに一人でいたのかは、広間に戻ってすぐ理解できた。
彼の元に集まる色とりどりのドレスの集団。そしてそれを躱すように彼は広間の端へ歩き、男性の集団の輪に入っていく。

序盤から広間にいたら、彼とダンスを踊りたい令嬢たちの列ができてしまうのだろう。
どうやら彼も同じように、人目を逃れるために庭園に避難していたらしい。

苦労するわね。

よくわからない、少し意地悪な男ではあったが、少しだけ同情してしまう。

きっと自身のこれから負うであろう責務と侯爵家という名家の家格を考えても、適当な女は選べないのだろう。



ぼんやりそんな事を考えていると、不意に腰に違和感を感じて、驚いて見上げる。

「あいつと何を話していた?」

「びっくりした。お友達とのお話はいいの?」


グッと腰を強くつかまれて、見上げれば、そこにいたのはグランドリーで彼は表情こそにこやかに見せているが、耳元でささやかれた言葉は怒りをにじませている。
自分の所有物である私が、彼が毛嫌いしているロブダート卿と会話をしていたのがどうやら気に入らないらしい。
穏やかで、さわやかで活発とよく誉めそやされる彼だが、その実は短気で傲慢、所有欲が強く、気に入らないことがあれば癇癪を起す、まるで子供のような男なのだ。

流石に体裁があるから、このようなところで怒りだすことはないが、二人きりになればすぐに感情をむき出しにするに決まっている。
今の内に誤解をといて機嫌を直させねば……

私の質問など、聞こえていなかったかのように彼はじっと私を見下ろしている。自分の質問に答えろと暗に言っているのだ。

「簡単な挨拶よ。心配しないで?」

安心させるように微笑む。しかし彼はじっと私を見下ろしている。

「色目を使っていたのではないか?」

皮肉気に口角を一瞬だけ上げた彼は、なおも私に怒っているという調子を崩さない。

ご主人さまが機嫌を損ねたのだから、お前は全力で機嫌を取れ! とでも言いたいらしい。

仕方なく私はわざとおかしそうにクスリと微笑んで、彼の腕に甘えるように触れる。

「まさか! そのようなことしないわよ。あなたがいるのに。ただ少し気分が悪くて外の空気を吸っていたら、顔色が悪いので大丈夫かと聞かれただけ。大丈夫と答えたらすぐに戻られたわ。」

本当になんでもない、私があなたが嫌うあの男に必要以上に近づくわけないでしょう? と微笑めば、彼は少しだけ満足したように、腰をつかむ手の力を緩めた。

「俺と張りたくて、お前に声をかけただけだ。くれぐれも余計な勘違いするなよ」

低い声で耳元で言われて、私はニコリと微笑む。

「えぇ承知してるわ」

あんたあの人の眼中にもないらしいけどね、そう心の中で毒づく。

はたから見れば、二人仲睦まじく、寄り添って耳元で愛を囁き合うカップルのように見えるのだろう。

ちらちらと、脇を通る人々の視線がこちらに向けられるのが分かる。

いびつだな。

こんなことをずっと続けていくのかと考えると憂鬱でしかない。不意に視線を上げると広間を挟んだ対面に立つロブダート卿の姿が目に入る。

視線が合いそうで、しかしもしそんな事になったらまたグランドリーの機嫌を損ねるだろう。
慌てて視線を無理やりグランドリーに移すと、何を勘違いしたのか彼は、私の顎に手を添えて、口づけを落としてくる。
こんな人前で! と抗議したいが、ここで拒めば彼の面子をつぶすことになりかねない。仕方なく受け入れてなるべく早めに離れる。

「お前は俺のものだ、今一度よく理解しておけ」

「っそんな、いまさらよ」

そう言って恥じたように顔を逸らして、私は手洗いに行くと伝えて彼から離れた。

今すぐにでも唇をぬぐいたかった。

気落ち悪い。でもそれは許されない。


私は売られたようなものだから……だからこうする以外に選択肢がないのだ
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