その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

5 王宮の庭園で1

舞踏会から数日が経ち、私は王女殿下とお茶をするために王宮を訪れていた。
王女陛下とはデビューの頃に一度お声をかけていただいた事が切っ掛けで仲良くなり、こうして月に一度お茶を飲みながらお話するのが恒例行事となっている。

この日は天気がいいからと庭園の中にある#四阿__ガゼボ__#でお茶を飲み、四季咲きの薔薇を愛でながら、最近令嬢達の中で話題になっているお茶の話をしていると、こちらに向かって歩いてくる一行が目に入る。

「あら、お兄様だわ剣の訓練が終わったのね」

その一行を一瞥した王女殿下は、その先頭を歩く金髪の男性を見て、手を振る。

彼女のお兄様と言えば、一人しかいない。慌てカップをソーサに戻して、背筋を伸ばす。

相手はこの国の王太子殿下だ、失礼なふるまいは許されない。

「なんだ、こんなところにいたのか」

妹を見止めた殿下は、リラックスした様子で、お付きの者達をぞろぞろと引き連れて、こちらに向かってやってくる。その後ろに、先日の舞踏会で言葉を交わしたロブダート卿の姿も見える。当然、彼は王太子殿下の側近なのだから。

「おや、これは……ティアナ嬢もご一緒でしたか。本日も大変麗しいですね、男に囲まれて剣を振るってきたばかりで、心が一気に華やぎました」

私を見止めた王太子殿下はいつもの優し気な貴公子らしい笑みを浮かべる。

「お邪魔しております殿下。わたくしこそ、殿下の凛々しいお姿を拝見できて光栄ですわ」

席を立って、ドレスの裾を持ち上げて礼を取れば、王太子殿下は「ははは、相変わらずあなたは嬉しい事を言ってくださる」と軽快に笑って、席に座りなおすように促してくれた。


座りなおして、もう一度視線を上げると、そこでなぜか、殿下のすぐ後ろに控えていたロブダート卿と目が合う。

数日前に舞踏会でお話しした以上、彼を無視するのも失礼だろうか。

「ロブダート卿もごきげんよう。先日はお邪魔をして申し訳ありませんでした」

にこりと微笑めば、彼は一瞬だけ虚を突かれたような顔をしたものの、すぐに表情を引き締めて王太子殿下の側近らしく礼を取る。

「いえ、私の方こそ、お邪魔をしてしまいまして申し訳ありません」


「なんだ、二人とも話をする仲だったのか?」

私たち二人のやり取りを聞いた王太子殿下が驚いたように見比べる。

「いえ……先日の舞踏会で……」

どう説明したらいいのかと、言葉を濁す。まさか婚約者の愚痴を言っていたところを聞かれたなんて説明はできない。

「人混みで気分を悪くされて外に出られて来た所に、たまたま私が居合わせたのです」

ロブダート卿が何でもないような静かな口調でその先の説明を引き取ってくれる。先日の意地悪な調子とは打って変わって助けてくれるような口調に私は信じられない気持ちで彼を見上げる。私を見下ろす彼の瞳は、とても静かで、何を考えているのかは窺えなかった。

「お前、また逃げ回って外にいたのか」

呆れたように王太子殿下が彼を見る。どうやら彼が庭園に逃げていることはよくある事らしい。

「でも、よくグランドリーに見つからなかったな? 彼の大切なティアナ嬢にお前が近づこうものなら、その場は一気に修羅場になっただろうに」

大丈夫なのか? と王太子殿下は心配そうに首を傾ける。

殿下に知られるくらいにまで、グランドリーは公の場でもロブダート卿に敵対心を燃やしているらしい。
婚約者の身でありながら、恥ずかしくて身を縮めたくなる。


「ごく短い時間でしたから」

取りなすように軽く笑う。
実際は随分と機嫌を損ねられて大変だったのだが、婚約者の未熟さを露呈することは避けたかった。

早く一行が去ってくれないだろうかと、そろそろ限界を感じていると、反対側の小道からパタパタと軽い女性の足音が響いてくる。

「あぁ! こんなところに、殿下もご一緒におられたのですね‼︎」

やってきたのは、メルダという王妃付きの侍女で、彼女は王太子殿下と王女殿下を見止めると、その場で背筋を伸ばして礼を取る。

「王妃様がお二人にお部屋においでになるように仰せでございます」

「げ……」

「まさか……」

メルダの言葉を聞いて、二人がそろって顔をひきつらせた。

「はい……お二人そろってきちんと説明をするようにとのおおせです」

顔を上げたメルダは、じっとりとした視線を二人に向けている。

王太子殿下と王女殿下の二人は、それぞれ視線を合わせてごくりと唾を飲み込んでいる。

どうやら二人そろって、何かしでかしたらしい。


今日のお茶会はどうやらここでお開きのようだ。

「では、わたくしは、失礼させていただきましょうか?」

窺うように王女殿下を見れば、すがるような視線を向けられたが、申し訳ないが助けてあげることは不可能だ。

「ごめんねぇ……ティアナ……きっとすぐに開放してもらえないわ」

震える声で詫びられて、私は励ますように殿下に微笑んで「また来月、伺いますね」と言って席を立つ。

ここからならば、馬車を待たせている場所までは何とか道も分かるから一人で戻れるだろう。

そう思って、王太子殿下やその後ろの側近の方々に挨拶をして四阿を後にしようとする。

「お一人で返すのもなんだラース、ティアナ嬢をお見送りしてくれ」

少しだけ正気に戻った王太子殿下が私を引き留めて、ロブダート卿に指示を出した。

よりによって、彼ですか⁉︎

丁重にお断りしたいところだが、せっかくの王太子殿下のご配慮を無下にはできない。

「分かりました」
言われたロブダート卿は従順にうなずいて私の脇までやってくると

「こちらです」と行く先を示してくれた。

「ごきげんよう、ケイン殿下、マリー様」

顔色の悪い、お二人に形ばかりのあいさつを交わし、私はロブダート卿の後ろについて、その場を後にした。
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