その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

41 妾候補?

夕食はあまり気が進まなかった。しかし本邸の侍従達に口に合わなかったのでは? といらぬ心配をさせてしまうのもなんなので、何とか少しだけ口にして、疲れているからと言って、早めに床についた。

ベッドに入っても、頭の中では夕刻に庭園で聞いてしまったメイド達の声が響く。

夫の心にはアドリーヌという名の女性がいるのかもしれない。
そしてどうやら彼女とは結ばれる事ができない事情があるらしい。

だからこそ、契約として割り切った妻が欲しかったのだ。

身体を重ねてもどこかそっけないのは、私でない女性を見ているから?

考えてみれば見るほど、色々と説明がつきすぎて、腑に落ちてしまって涙が溢れる。

ダメ、泣いちゃダメ!

慌ててシーツに涙を滲ませて、ぎゅうっと瞳を閉じる。

明日からは、視察が目白押しなのだ。皆、領主の妻に興味深々だろう。目を腫らせた顔でいるわけにはいかない。

とにかく自分のやるべき事を全うしなければ……そうでなければ彼を失望させてしまうかもしれない。



そして、翌日。

「はじめましてティアナ様、アドリーヌと申します。ロブダート侯爵家の事業に携わっておりますエルリード伯爵家の者です。本日は実際に視察をしていただきながらお仕事の内容を把握していただければと思いますわ」

 
優雅に礼をとった御令嬢を見て、笑顔が引き攣りそうになるのを慌てて抑えることとなった。


艶やかな黒髪に白い肌、少し幼い人形のような造形の顔立ちは美しいと言うより可愛らしい女性だった。


「よろしくお願いします。アドリーヌ嬢」

なんとか言葉を返した私に対して、アドリーヌ嬢は大きな青い瞳を輝かせ、鈴を転がすように可愛らしく笑った。


「まぁ、どうぞアドリーヌとお呼びくださいませ! 実は私、王立学院でティアナ様の1学年下に在籍しておりましたの!」


「そうなのですか!?」

ひと学年下にこんな可愛らしい女子生徒がいただろうか?
王立学院自体が広大な敷地を有する上、国内外から多くの貴族の子弟達が通っていたため、生徒人数はかなりのものだった。正直なところあまり記憶はない。


「卒業後、訳あってこちらに戻ってきまして、今は家業の手伝いをしておりますの」

私が王立学院時代の彼女にピンと来ないことには、気を悪くする事なく、彼女は話し続ける。

多くの令嬢達は王立学院時代を領地から離れて王都で過ごす事で、然るべきお相手を見つけ、卒業後に婚姻したり、社交界に居場所を見つけて、王都で華やかに社交活動や慈善事業に取り組む事が多い中で、彼女のように領地に戻るものはほんの一握りで、その上。


「家業を?」

御令嬢が実家の家業に関わる事はめずらしい。
大概の貴族の親は、花嫁修行をさせたりするものなのだ。
不思議に思って首を傾けると、彼女はその反応も予測していたというような顔で楽しそうに笑った。

「ふふ、昔から家の仕事の手伝いをするのが好きなんです! 両親はもちろん王都で社交活動をしてもらいたいみたいですけど、あまりあちらの空気は好きでないので……そういうわけで今回、ティアナさまの案内役を仰せつかっております」

そう言って恭しく礼を取られるものだから

「あ、ありがとう。よろしくお願いしますね」
と微笑む事しかできなかった。
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