その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

45 残酷な甘さ




「何かあったのか?」

ゆったりと汗ばんだ額と髪を撫でられて、ぼんやりと瞳を開く。

ベッドサイドのコップから水を飲んだ彼がコクリと喉を鳴らして飲み下すと、今度はそれをもう一度口に含んで唇を重ねてきた。

掠れて乾いた喉を冷たい水が下っていく。


「っ、ん、なにって?」

回らない頭でどうにかそれだけ聞き返すと、グラスを置いて私の隣に横になった彼はまた私の髪を優しくなでた。


「君にしては積極的だったから……もちろん求めてくれて嬉しかったけれど」

そう言った彼は、瞳を細めて、何かを思い出したようにくすりと笑った。


「慎ましやかで、時々恥ずかしそうな君もすごく可愛らしいけれど、さっきの君は扇情的でたまらなかった」


「っ!」

どこか揶揄うようにそんな事を言われて、私は息を飲む。
やだ、顔が熱い。

「はしたない真似を! ごめんなさい」

「なぜ? 俺は嬉しかったのに! なぜ、そんなに俺の顔色を伺ってるんだ?」


慌てて彼から視線を外して、逃げるように身体の向きを変えようとするのを、彼が素早く腰に手を回して制止する。

ポロポロと涙が頬を伝うのが分かって、慌てて顔だけを背けるけれど、すでに遅くて、彼がハッとしたように息を止めるのが分かった。

「この数日間で何かあったのか? もしかして、アドリーヌと合わなかったか?」

顔を隠そうとした手を捉えられて、組み敷かれるような格好になり、結局彼の眼前にしっかりと泣き顔を晒す事になってしまった。

ポーカーフェイスは昔から得意だったはずなのに、どうしてこんなに感情が抑えられなくなってしまったのだろうか。

これでは彼の求める都合のいい契約妻としては失格ではないだろうか?

「あ、合わないなんてとんでもないわ! とても優秀な子だし、気さくで……上手くやれると思うわ! ただ……少し自分が任されている事が大任だって弱気になっていて……そんな所に貴方の顔を見てしまったから、なんだか安心してしまって……」

慌てて思考を巡らせて何とかそれらしい理由を引っ張り出す。
本当は仕事の事など全く心配は無かった。アドリーヌやアッシェルをはじめ、こちらはこちらできちんと回っていた。彼らときちんと連携を取れば、王都できちんと処理できる体制が完成しているのだから、何も心配する事などないのだ。

取り繕うように、慌てて絞り出した返答は、自分にしてみればなかなか苦しい言い逃れだったのだが、私の手を取り不安そうに見下ろしている彼の表情は、険しいものから、安堵したようなものに変わった。


「そうか……大丈夫だよ。たしかにこちらは昔からの付き合いで数が多いからな。最初は圧倒されるかもしれないが、すでに君が王都で手がけているものの方がよほど煩雑だから心配しなくていいよ。実際に動かしてみればよく分かる筈だ。明日は俺も一緒に視察に行くから、その辺りはゆっくり説明するよ」

涙を拭うように頬をゆったりと撫でて、私を安心させるように彼は微笑むと、その場所に口づけを一つ落とす。


「明後日は二人の時間が取れるように、スケジュールを組んでもらったから、ゆっくりしよう」

耳元で、甘く囁くと、ぎゅと抱きしめて、そのまま私の横にころりと転がった。

「こうして一緒に眠れるのも久しぶりだね」

嬉しそうに微笑んだ彼が「おいで」と引き寄せてくるので、私は無言で彼の胸に飛び込むと、顔を埋める。

いつ、決定的な事を言われるのだろうか? アドリーヌ嬢が同伴する明日だろうか……それとも二人きりになる明後日だろうか?


いずれにしても、今のようなみっともなく泣くような真似はできない。それなりの覚悟を持って臨まなければと自分に言い聞かせるけれど。

背中を包む彼の優しい手が、ゆったりと頭や背中を撫でてくれる事が更に私を苦しくさせた。
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