その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

55 耐久列車*


 領地視察の10日間の日程は大きなトラブルもなく無事に終了した。
終わってみると、なんだかあっという間だった。
 前半は自分の勘違いで苦しくはあったものの、後半は彼に甘やかされて翻弄されてとても早かったように感じた。

 そして、私達はアドリーヌ嬢とお見送りに来てくれたアッシェルに別れを告げ、列車に乗った。



 列車に乗った移動は半日弱。長すぎず、短くもないその時間を私達は一等客車で過ごす。

 行きでさえも、通常の客車から少しランクが高い個室の客室ではあったのに、「折角だから」と彼が手配させたそれは、比べ物にならないくらい贅沢な客室だった。

 客室内には2人が裕に座れるソファに、執務を行うための机、簡単なシャワールームまでついているのだ。

「この列車は片道一日の中距離列車だから、この程度の備えだけれど、長距離用のものはベッドもついてたりするそうだ」

 初めてみる一等客車の光景に驚きを隠せない私に彼はそう言って「気に入ったのなら新婚旅行では長距離列車に乗るよう手配しようか?」と提案するのだ。

 そうして、列車が動き始め、お付きのメイド達が身の回りを整え終えて「何かありましたらお呼び下さい」と声をかけて出て行くと、当然彼と個室に2人きりになる。

まさかこんな空間で過ごす事になるとは思っていなかった私は、道中に読む軽めの本を一冊用意しているだけで……

どうしましょう……読んでしまってもいいのかしら? と戸惑っていると、ソファに座った彼に呼ばれて、当然のように彼の膝の間に座らされた。

「少し目を通さないといけない書類があるんだ」と申し訳なさそうに言われたので、本を掲げて見せれば「丁度いいね」と彼が笑う。

しばらく書類を読む彼と、その膝の中で読書をする私、違う事をしているのに、不思議と一体感を感じる。

 ガタン、ガタンと室内に列車の規則的な音が響く。背中に温かい彼の温もりと、トクトクと規則的な胸の音が伝わってきて、心地よくてうとうととしてしまいそうになる。


 そうしていると、不意にあるタイミングで、彼の長い指が頬を撫でて、上を向かされてぼんやりとしている意識の中で「ちゅっ」と啄むような口付けが落ちてくる。

「んっ」

 思わず声を漏らせば、彼がくすりと笑って私の額を撫でる。

「眠たい?」

「ん、少しだけ……ごめんなさい」

微睡みながら、頷けばもう一度口付けが落ちてきて。

「無理もないね。昨晩も、なかなか寝かせてあげられなかったし」

耳元でそう囁かれて、私は息を飲む。

そう、昨晩は、領地で過ごす最後の夜と言うことで、アドリーヌ嬢や彼女の実家を始め、ロブダート侯爵家と事業の関わりの強い貴族達との食事会が開かれていたのだ。

その目的の一端には、彼が新たに迎えた妻……つまり私のお披露目もあって、当然本邸付きの侍女達は私の準備に張り切った。

 いつのまにか王都から取り寄せた私の採寸記録を元に、ドレスが新調されていたのには驚いた。

 背中のざっくりと開いたエンパイア風のドレスは、普段あまり着ないタイプのドレスだった。

 しかも、それを水面下で指示していたのは、夫である彼で「王都の夜会でも、こうして自分好みに着飾らせたいけど……そうすると色々障りが出るからね」と、なぜか歯切れが悪そうに言われたので、似合わなかったのだろうか? と不安に思ったのも束の間、食事会が終わって部屋に戻るなり、抱き上げられてベッドに連行された。


そうなれば、流れは一つだ。

もうやめてと。懇願したくなるほどに、背中に何度も何度も口付けを落とされて、撫でられて時間をかけて、ゆっくりとドレスを脱がされながら抱かれた。

結い上げられた髪が少しずつ乱れ、ドレスの肩紐が腕を落ちていくけれど、その間に彼の大きな手が入り込んで、胸の頂を弄びながら、背中に口付けて吸い上げられて、後ろから彼に突き上げられて何度も達した。


今思い出すだけで、私も彼もとんでもなく乱れていた。

 昨晩の熱を思い出させるような彼の熱い息が耳をくすぐって……

ボッと火が出たように顔が熱くなる。


 後ろからでもそんな反応が分かったのだろう。彼がもう一度クスッと笑って私の腹に回した手に力を込める。


「時間は沢山有るが、流石にここではまずからね」

 我慢するよ。と囁かれて、何が? とは聞けない。

息を飲んだまま、困って彼を見上げれば、彼は深くため息を吐いて。

「本当にティアナは罪だね」
と呟くと、また口付けが落ちてくる。

 今度は先程の啄むようなものではなく、深く味わうようなもので……。

必死にそれに応えると。

「やっぱり、新婚旅行で長距離列車を使うのは辞めておこう。俺の身が持たない」

顔を上げた彼が、至極真面目な顔で宣った。
< 56 / 129 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop