その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜
74 帰宅【ラッセル視点】
随分と長く感じた北部の視察を終えて、予定通り王都に戻った。
あれから数日、同じ公爵邸にいながら、エリンナの方から何かを言ってくる事もなく、なんなら広い邸内ですれ違うことすらなかった。
ただ、我々が執務室から臨める中庭で、度々彼女はお茶会を催していたのでその姿は否応にも目についた。
そしてその度に、イラ立つ殿下を気の毒に思いながら宥めるこちらの気苦労は半端ではなかった。
思えば元々殿下とエリンナが心を通わせていた時代も、彼女の奔放な態度に殿下は振り回されてていた。それが殿下をさらに夢中にさせていたのだが、こうなってしまうとタチが悪い意外の何者でもない。
初日にリドックの事を教えてくれた際には感謝したものの、その後の彼女の振る舞いの後始末をさせられる様になるとそれも薄れて行く。
もしかしたらあの情報も正しいのかどうなのか……
とにかく気苦労の多い視察を終えて無事に王都に戻り、残務を片付けて自宅に戻れたのは案の定、夜も遅くなった頃だ。
急いで迎えの馬車に乗り、自邸へ戻ると、出迎えてくれたのは執事のクロードと数名の使用人達だった。
「留守中変わりはないか?」
上着を渡しながらクロードに問えば、彼はわずかに困ったように微笑んだ。
「いくらかありましたが……奥様がご自身でお話しされるかと」
「ティアナが? 彼女は?」
まさかこんな深夜まで起きているのだろうか、慌てて周囲を見渡して姿を探すが、明かりを最低限に落としたエントランスホールには彼女の姿はなかった。
そんな俺の問いかけにクロードが苦笑を漏らす。
「少し前までお待ちになっておられたのですが、ここ数日お疲れ気味でいらしたので、お眠りになられました」
「そうか」
今すぐに階段を登り寝室に向かいたい気持ちが湧いてくるが堪えて、クロードに向き合う。
「とりあえず留守中に溜まった仕事で緊急なものをもらおう」
「今から決済なさるので⁉︎」
驚いたように言うクロードに、肩を竦めて見せる。
「明日も朝から王宮だ……時間がない」
「それは、なかなかお忙しいですね。すぐお部屋に伺います」
すぐに踵を返したクロードにうなずき、自身の執務室へ向かう。
二つ隣の部屋ではティアナが眠っているので極力音を立てずに部屋に入る。
久しぶりの自室は綺麗に整頓されており、執務机に座れば、紙束が積まれており、一枚のメモ用紙が置かれている。
メモの文字はティアナのもので、どうやら彼女は留守中の俺の仕事もある程度整理をしていてくれたらしい。
記入するべきものには記入が済んでおり、目を通すべきものに印をつけてある。
「これは、かなり助かるな」
つぶやいて、書類に目を通していると、クロードが入室して来てその後ろにお茶の給餌のための侍女が入ってくる。
「すまない。どうやら、お茶を飲むほど時間を取らないようだ。もう遅いし休んでくれていい」
手を上げて侍女を制すと、クロードが含みを持った微笑みを浮かべて近づいてくる。
「こちらが本日の分ですが……私もチェックしておりますが、問題ないかと。これを機にこの辺りのお仕事も奥様に委ねられてはいかがです?」
「それは重々わかっているのだがな……彼女の負担が大きすぎる。この先子どもが出来たりする事を考えるとな……」
首を振って否と答えると、クロードも「それもそうですね」と当然のように納得した。
いずれにしてもここまでティアナが片付けてくれているのだ。さっさと終わらせて彼女の元に向かいたい。
机上のペン立てに手を伸ばし、背筋を伸ばすと作業を始める。
「ところで旦那様、ダルトンが旦那様がお戻りになってお時間ができたら教えてほしいと言われておりますが」
書類の大まかなものに手をつけ終える頃、クロードに告げられて顔を上げる。
ダルトン……我がロブダート侯爵家の騎士で、その中でも秘密裏の護衛や情報収集に長けた男で、今回スペンス家の動向を探らせている者だ。こんな風にクロードを使ってくるという事は、それなりに緊急性のある情報を仕入れたのだろう。
「聞こう」
すぐに返答を返せば、あらかじめそう言うと思っていたとでも言うようにクロードは頷いて部屋を後にする。
そして、部屋の扉が叩かれて入室の許可を出すと、ひょろりと背の高い短髪の中年の男がやってきた。
「夜分にすまないな。それで? 何か出てきたか?」
ダルトンが入室するや否や問いかける。
普段からあまり話す方ではない彼とは、無駄な世間話をする事はほとんどない。
俺の問いかけに彼は頷いて、手にしていた紙を差し出す。
「リドック・ロドレルですが、留学の際の同級生に接触することが出来ました。どうやら彼は、留学中周囲の者たちに自分は国に大切な女性を待たせているから、いずれ国に戻るつもりだと話していたそうです」
全くどこかで聞いたような話である。
思わず目頭を抑える。
「まさか、それがティアナだと……」
唸るように呟けば、目の前のダルトンが驚いたようにこちらを見てくるので、それを手で制する。
「出先でな……リドックとティアナの学生時代を知る者に会ったんだ。そこでも似たような話を聞いた」
そう告げると、ダルトンも「なるほど」と納得したように呟く。
「兄の婚約者だけれど必ず迎えに行くと約束してるのだと……もうすぐその準備が整うから計画を実行すると言っていたそうですが」
「計画?」
俺の問いにダルトンは首を横に振る。
「内容まではその者も聞いていないそうで……奥様がグランドリー・ロドレルから暴力をお受けになる3ヶ月ほど前の話だとの事です」
あれから数日、同じ公爵邸にいながら、エリンナの方から何かを言ってくる事もなく、なんなら広い邸内ですれ違うことすらなかった。
ただ、我々が執務室から臨める中庭で、度々彼女はお茶会を催していたのでその姿は否応にも目についた。
そしてその度に、イラ立つ殿下を気の毒に思いながら宥めるこちらの気苦労は半端ではなかった。
思えば元々殿下とエリンナが心を通わせていた時代も、彼女の奔放な態度に殿下は振り回されてていた。それが殿下をさらに夢中にさせていたのだが、こうなってしまうとタチが悪い意外の何者でもない。
初日にリドックの事を教えてくれた際には感謝したものの、その後の彼女の振る舞いの後始末をさせられる様になるとそれも薄れて行く。
もしかしたらあの情報も正しいのかどうなのか……
とにかく気苦労の多い視察を終えて無事に王都に戻り、残務を片付けて自宅に戻れたのは案の定、夜も遅くなった頃だ。
急いで迎えの馬車に乗り、自邸へ戻ると、出迎えてくれたのは執事のクロードと数名の使用人達だった。
「留守中変わりはないか?」
上着を渡しながらクロードに問えば、彼はわずかに困ったように微笑んだ。
「いくらかありましたが……奥様がご自身でお話しされるかと」
「ティアナが? 彼女は?」
まさかこんな深夜まで起きているのだろうか、慌てて周囲を見渡して姿を探すが、明かりを最低限に落としたエントランスホールには彼女の姿はなかった。
そんな俺の問いかけにクロードが苦笑を漏らす。
「少し前までお待ちになっておられたのですが、ここ数日お疲れ気味でいらしたので、お眠りになられました」
「そうか」
今すぐに階段を登り寝室に向かいたい気持ちが湧いてくるが堪えて、クロードに向き合う。
「とりあえず留守中に溜まった仕事で緊急なものをもらおう」
「今から決済なさるので⁉︎」
驚いたように言うクロードに、肩を竦めて見せる。
「明日も朝から王宮だ……時間がない」
「それは、なかなかお忙しいですね。すぐお部屋に伺います」
すぐに踵を返したクロードにうなずき、自身の執務室へ向かう。
二つ隣の部屋ではティアナが眠っているので極力音を立てずに部屋に入る。
久しぶりの自室は綺麗に整頓されており、執務机に座れば、紙束が積まれており、一枚のメモ用紙が置かれている。
メモの文字はティアナのもので、どうやら彼女は留守中の俺の仕事もある程度整理をしていてくれたらしい。
記入するべきものには記入が済んでおり、目を通すべきものに印をつけてある。
「これは、かなり助かるな」
つぶやいて、書類に目を通していると、クロードが入室して来てその後ろにお茶の給餌のための侍女が入ってくる。
「すまない。どうやら、お茶を飲むほど時間を取らないようだ。もう遅いし休んでくれていい」
手を上げて侍女を制すと、クロードが含みを持った微笑みを浮かべて近づいてくる。
「こちらが本日の分ですが……私もチェックしておりますが、問題ないかと。これを機にこの辺りのお仕事も奥様に委ねられてはいかがです?」
「それは重々わかっているのだがな……彼女の負担が大きすぎる。この先子どもが出来たりする事を考えるとな……」
首を振って否と答えると、クロードも「それもそうですね」と当然のように納得した。
いずれにしてもここまでティアナが片付けてくれているのだ。さっさと終わらせて彼女の元に向かいたい。
机上のペン立てに手を伸ばし、背筋を伸ばすと作業を始める。
「ところで旦那様、ダルトンが旦那様がお戻りになってお時間ができたら教えてほしいと言われておりますが」
書類の大まかなものに手をつけ終える頃、クロードに告げられて顔を上げる。
ダルトン……我がロブダート侯爵家の騎士で、その中でも秘密裏の護衛や情報収集に長けた男で、今回スペンス家の動向を探らせている者だ。こんな風にクロードを使ってくるという事は、それなりに緊急性のある情報を仕入れたのだろう。
「聞こう」
すぐに返答を返せば、あらかじめそう言うと思っていたとでも言うようにクロードは頷いて部屋を後にする。
そして、部屋の扉が叩かれて入室の許可を出すと、ひょろりと背の高い短髪の中年の男がやってきた。
「夜分にすまないな。それで? 何か出てきたか?」
ダルトンが入室するや否や問いかける。
普段からあまり話す方ではない彼とは、無駄な世間話をする事はほとんどない。
俺の問いかけに彼は頷いて、手にしていた紙を差し出す。
「リドック・ロドレルですが、留学の際の同級生に接触することが出来ました。どうやら彼は、留学中周囲の者たちに自分は国に大切な女性を待たせているから、いずれ国に戻るつもりだと話していたそうです」
全くどこかで聞いたような話である。
思わず目頭を抑える。
「まさか、それがティアナだと……」
唸るように呟けば、目の前のダルトンが驚いたようにこちらを見てくるので、それを手で制する。
「出先でな……リドックとティアナの学生時代を知る者に会ったんだ。そこでも似たような話を聞いた」
そう告げると、ダルトンも「なるほど」と納得したように呟く。
「兄の婚約者だけれど必ず迎えに行くと約束してるのだと……もうすぐその準備が整うから計画を実行すると言っていたそうですが」
「計画?」
俺の問いにダルトンは首を横に振る。
「内容まではその者も聞いていないそうで……奥様がグランドリー・ロドレルから暴力をお受けになる3ヶ月ほど前の話だとの事です」