その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

83 長い夜①

♢♢

夕食を食べる直前、今日は早めに帰宅できる様子だと先ぶれが来た。
もう少し連絡が早ければ、一緒に食事をするために待っていたのに……そう少し残念に思いながら、それでも久しぶりにきちんと顔を合わせて会話ができる事に胸が躍った。

色々と報告しなければならないけれど、それほど時間を取られるような内容でもないだろう。

「どうしましょう。お帰りになったらまずは食事よね……そのあとお酒でも用意してもらおうかしら! それともお茶の方がいいかしら?」

食事をしながらソワソワとそんな事をマルガーナやクロードに相談すると「旦那様からは軽食を用意するように指示されていますから、お部屋にお運びするように手配いたしましょうか?」「でしたら、お茶をお部屋にご用意いたしましょう!」とそれぞれからなだめるように提案がされた。

そうして食事を終えてしばらく経った頃、サロンの長椅子に座って、書類を捲っていると門が開かれる音と石畳の上を馬車が走ってくる音が聞こえて、慌てて立ち上がりエントランスへ向かう。

丁度エントランスに出て、脇に飾ってあるガラス細工に映った自分の姿を見て、慌てて髪を整えたところで、馬車が止まり、御者が降りてきて馬車の扉を開いた。

「おかえりなさいませ」

クロードと共に出迎えると、すぐに視線の合った彼は、一瞬驚いたように瞳を見開いて、次の瞬間わずかに視線を泳がせて、そしてまた私へ向けると

「ただいま」

と、微笑んだ。けれど、なんだか元気がない……というより困っているような、そんな様子だった。

どこかおかしかっただろうか……
そう思って、次の言葉を出せないでいると、彼がゆっくりと馬車から降りてきて、私の腰を抱くとそのまま頭頂に唇を寄せる。
「なんだかこうして出迎えてもらうのも久しぶりだな……やはりいいものだね」

「っ、」
久しぶりの、しかも人前の甘い彼の言葉と仕草に、顔に熱が上るのが分かる。
そんな私を見て、いつもであれば、彼は可笑しそうにクスっと笑うのだけど、なぜか私の腰を抱く手に力が入っただけで、すぐに邸内の方に歩き出してしまった。

疲れているのだし、お腹も空いているはず、早くゆっくりしたいのだろう。

そう思って彼の為すまま、邸内に入る。

「軽食を取りながら、報告を聞く。すぐにできるか?」

邸内に入った彼は、すぐ後ろをついて来たクロードにそう問いかける。
「っ、えぇ……はい」

問われたクロードは一瞬先ほどの私とのやり取りを思い出したのだろう。ちらりと戸惑ったように私を見たけれど、すぐに頷いた。

そうだ、このところ忙しかった彼には他にもやる事が沢山あって……私だけにかまっている余裕などないのだ。
先ほどまで一人舞い上がっていた自分がなんだか恥ずかしくなって来て、わずかに顔を伏せると、彼の大きな……冷たい手が私の手を掬う。

「済ませられる仕事を簡単に済ませてくる。それが終わったら部屋に行くから、待っていてくれ。お茶でも飲んでゆっくり話したい」

それだけ言い残して、一度だけきゅっと私の腰を引き寄せて手を握ると、彼はあっさりと私から離れて、クロードと共に、階段を上がって行ってしまう。

その背中を視線で追って、なんだかとてつもない胸騒ぎを覚えた。
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