その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

85 長い夜③

「リドックと、そんな話をした覚えはないわ。彼とは彼がこちらに戻ってきてから時々出先で行き会う事はあるけれど……それ以前に会たのは学院の卒業式だったし……その頃の私はグランドリーの婚約者だったわけだし……」

将来の約束を婚約者の弟とするなどと、そんなスキャンダラスな事をするはずがない。第一自分はリドックをそのような目で見たことなど一度もないのに、勝手にリドックが夫にそのような話をしている事が信じられなかった。

何がどうなっているのか、混乱しながらも自分には身に覚えのない事であることはきちんと伝えねばならないと、ぽつぽつと話す。

「覚えがない?……そんな話すらしていないという事か?」

驚いた様子で私を見下ろして、少し前のめり気味に聞いてくる彼に向かって、私はしっかりと頷く。

「ないわ。婚約者からその弟に乗り換えるなんて非常識な事……できるわけがないでしょう?」

「それは…そうだが…。彼の言い分は、当時の君はどうあってもスペンス家に嫁がねばならない状況だったから、リドックが異国で力をつけて、グランドリーを追い落として、跡継ぎの座に就くから待っていて欲しいと……君もそれを理解していたと……」

戸惑いながら、確認するように順を追って説明する彼の言葉に、私は眉を寄せる。
数年前の学院時代…リドックとは度々同級生としてのやり取りはあったものの、彼等の兄弟仲を鑑みてあまり家の話には触れていなかった。

そう、彼と家の話になった事など……

「!……もしかして」

一瞬頭の中に過った、過去のリドックとの会話……それを思い出して、弾かれたように彼を見返す。

「確かに……リドックと将来の話をしたことが一度だけあるわ……でもそれは彼と結婚するとかそう言う事でなくて、スペンス家の将来の話をしていると、私は思っていたの。あの時の私は、まだ子供で……彼等の間にある確執を甘く見ていた。だからきっと、私……とんでもない勘違いをしていたのかもしれない」!

決してリドックを愛していたわけではない。信じて欲しいと、訴える。思わず彼の服の裾を握りしめてしまうその手を、彼の冷たい手が包み込んだ。その冷たさが、スッと私の頭の中を鮮明にしていく。
ずっと忘れていた。もう済んだ事として処理していたあの時の記憶。確かに今考えてみても不可解だったのに、なぜ私は都合よくとらえていたのだろう。

「勘違い? どういう事だ? ゆっくりでいいから、話してくれないか?」

ゆっくりと落ち着かせるように私の手を摩る彼も戸惑ったような顔をしていた。




< 85 / 129 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop