その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

9 翌日の襲来2

応接室に入れば、彼は出された紅茶に手もつけず、組んだ足を小刻みに揺らし、腕を組んで待っていた。


「突然どうしたの?」

そう告げれば、彼は私の顔を睨みつけた。

こんなに訳もわからず最初から怒っている彼も珍しい。


「お前がイザルドの奴と王宮の中庭で仲睦まじく歩いているのを見たやつがいる! 何をしていた‼︎」

立ち上がった彼は、ズカズカと近づいてきて、私の腕を引く。

「痛っ!」
あまりの強さと強引さに、痛みが走って顔を顰めるけど、彼はそんな事を気にするそぶりもなく、私の身体をさらに強く引く。

まるで答えるまで離さないというようなその様子に、私は顔を顰めながら答える。

「ただ馬車まで送っていただいただけです! 王太子殿下がたまたまあの方に命じただけで……調べていただければ分かります!」

他の側近や王女殿下の侍女達もいた。確認すれば経緯はすぐに分かるはずだ。

それなのにグランドリーの怒りは収まる様子がないどころか、腕を締め上げる力がさらに強くなる。

「俺の聞いた話では、2人で座って話し込んでいたと聞いたぞ! どんな色目を使った!」

「色目なんて! そんなことしていないわ! 昨日は暑かったでしょう。途中で疲れてしまって、少し休憩していただけよ! 王宮の庭園が広い事はあなたもよく知っているでしょっ!……っんっ!」

まるでそれ以上の言い訳を許さないとでも言うように、強引に口づけられる。
噛みつくようにされたそれは、強引に私の唇を割ろうとしてきて、この先に彼が何を考えているのかを考えて、背筋が凍った。



「っ…・やめて!!」

反射的に彼を突き放して、その反動で私はバランスを崩してソファに倒れ込んだ。


そんな私を追いかけるように彼は私の上にまたがる。
拒まれたことによって彼をさらに激高させてしまったらしい。

「拒むことはゆるさん! お前の婚約者は俺だ!」

「っ分かってます! ですから誤解ですと申し上げました! これ以上のお叱りはお調べになってからお願いします。わたしはやましい事などしてません! これ以上無体を働かれるようなら、大声を上げます!」

しっかりと彼をにらみつける。

婚約者という立場でここまでの事をされる謂れはない。幸いにもここは自邸で、きっと彼の様子を心配したマルガーナは声の届く場所にいてくれているはずだ。
声を上げられて困るのは彼のはずだ。

私の言葉に、多少正気に戻ったのだろうか、グランドリーが私の上から退いた。

「二度とあの男に近づくな! 少しでも近づいてみろ……次はただですまないぞ」

初めて聞くような、低くく陰湿な声に私ははっとして彼を見上げた。

私を見下ろす彼は、先ほどまでの激しい怒りの表情ではなかった。

何を考えているのか分からない、無機質な表情で、彼のブルーの瞳だけがギラギラと光っていた。

体中の皮膚が泡立つのを感じる。

私の中の何かが、逃げろと警告しているような気がした。

きっと私は怯えた表情をしていたのだろう、その様子を見て溜飲が下がったのか、彼は「分かればいい」と冷たく言い放って部屋を出ていった。


「お嬢様‼︎」

しばらくそのまま放心していると、おそらくグランドリーを見送って来ただろうマルガーナが血相を変えて部屋に飛び込んできた。彼女の顔色は相当に悪いが、きっと私も大差ないのだろう。

私のもとに駆け寄ってきた彼女は私に怪我がないかを確認してほっと息を吐く。

「ごめんなさいマルガーナ、驚かせちゃったわね」

「そんな! お嬢様のせいではありません。でもいったいどうなさったのですか? こんなことがあるなんて……」

「ちょっとした行き違いよマルガーナ。誤解させた私が悪いの……だから事を荒立てないで……特にお父様とお母さまには」


私の言葉にマルガーナは驚いたように目を見開く。

「お願い、マルガーナ……本当に些細なことなのよ」

そう言って彼女の肩に手を置くと、彼女の視線がその肩に置かれた私の腕に向く。

グランドリーに強く掴まれていたそこは、くっきりと彼の手の形に赤黒く内出血していた。
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