婚約破棄されたら「血みどろ騎士」に求婚されました
会場の入り口に立っていたのは、血で汚れた鎧と、左肩を覆う白貂の毛皮が特徴的な黒いマントを身にまとった長身の男だった。
彼は大きく一歩を踏み出したが、何かを思い出した様子で兜を脱ぐ。少しばかり乱れた黒髪を大きな手で掻き上げると、猛禽のように鋭い黒曜の瞳が露わとなり、同時にその端整な顔立ちも明らかとなった。
場にそぐわない格好に眉を顰めていた貴族たちも、これには思わず感嘆の声を漏らしてしまう。特に若い娘はころりと頬を染め、あれはどなたと囁きを交わす。
「あら、でもどこかで見覚えが……」
「も、もしかして『血みどろ騎士』……?」
「しっ、おやめなさい」
誰かが不穏な呼び名を口にすると、ざわめく観衆が心なしか慌てた様子で道を空ける。自然と割れた空間を堂々たる足取りで進み出た男は、国王に向けて片膝をついた。
「お久しぶりにございます、国王陛下。このような喜ばしい日に到着が遅れましたこと、心よりお詫び申し上げます」
「よい。その恰好を見るに、道すがら賊でも討伐してきたのだろう。ご苦労だった」
「陛下の寛大なお心に感謝いたします」
国王の放つ空気がほんの少しだけ和らいだ気がしたアニスは、動揺を残したままそっと──すぐそばで跪く男を見遣る。
王都から滅多に出ない年頃の令嬢たちならばいざ知らず、王太子妃教育の一環で各領地への視察に赴いていたアニスは、彼とも一度だけ言葉を交わしたことがあった。
国境を守る「不動の盾」こと、若き辺境伯ルディ・ラングレン。
彼の一族は大昔に王家の姫が嫁いだこともあり、国王からの信頼が厚い。決して揺るがぬ忠誠心とそれに見合う武力は、他国からも注目を置かれるほど。
数年前に父親から爵位を受け継いだルディに関しては、国王が実の息子のように可愛がっていたという話も聞いたことがある。ゆえにパトリックとも面識があると耳に挟んだが、詳しいことは分からない。
アニスに分かったことと言えば、彼を見た途端、パトリックの表情にふっと影が差したことぐらいだった。
「陛下。失礼を承知でお伺いいたします。王子殿下とリード公爵令嬢の婚約を撤回されるとは真でございますか」
「王子はそう申しておるな」
「でしたら」
ルディが不意にこちらを見た。アニスがびくりと肩を揺らしたのも束の間、彼は体の向きを直してから、その大きな手を恭しく差し出したのだ。
「俺……私の求婚を受けていただけないだろうか、公爵令嬢」
「えっ」
彼は大きく一歩を踏み出したが、何かを思い出した様子で兜を脱ぐ。少しばかり乱れた黒髪を大きな手で掻き上げると、猛禽のように鋭い黒曜の瞳が露わとなり、同時にその端整な顔立ちも明らかとなった。
場にそぐわない格好に眉を顰めていた貴族たちも、これには思わず感嘆の声を漏らしてしまう。特に若い娘はころりと頬を染め、あれはどなたと囁きを交わす。
「あら、でもどこかで見覚えが……」
「も、もしかして『血みどろ騎士』……?」
「しっ、おやめなさい」
誰かが不穏な呼び名を口にすると、ざわめく観衆が心なしか慌てた様子で道を空ける。自然と割れた空間を堂々たる足取りで進み出た男は、国王に向けて片膝をついた。
「お久しぶりにございます、国王陛下。このような喜ばしい日に到着が遅れましたこと、心よりお詫び申し上げます」
「よい。その恰好を見るに、道すがら賊でも討伐してきたのだろう。ご苦労だった」
「陛下の寛大なお心に感謝いたします」
国王の放つ空気がほんの少しだけ和らいだ気がしたアニスは、動揺を残したままそっと──すぐそばで跪く男を見遣る。
王都から滅多に出ない年頃の令嬢たちならばいざ知らず、王太子妃教育の一環で各領地への視察に赴いていたアニスは、彼とも一度だけ言葉を交わしたことがあった。
国境を守る「不動の盾」こと、若き辺境伯ルディ・ラングレン。
彼の一族は大昔に王家の姫が嫁いだこともあり、国王からの信頼が厚い。決して揺るがぬ忠誠心とそれに見合う武力は、他国からも注目を置かれるほど。
数年前に父親から爵位を受け継いだルディに関しては、国王が実の息子のように可愛がっていたという話も聞いたことがある。ゆえにパトリックとも面識があると耳に挟んだが、詳しいことは分からない。
アニスに分かったことと言えば、彼を見た途端、パトリックの表情にふっと影が差したことぐらいだった。
「陛下。失礼を承知でお伺いいたします。王子殿下とリード公爵令嬢の婚約を撤回されるとは真でございますか」
「王子はそう申しておるな」
「でしたら」
ルディが不意にこちらを見た。アニスがびくりと肩を揺らしたのも束の間、彼は体の向きを直してから、その大きな手を恭しく差し出したのだ。
「俺……私の求婚を受けていただけないだろうか、公爵令嬢」
「えっ」