三毛猫が紡ぐ恋
 その日を境に、三毛猫は千尋の部屋のベランダへ頻繁に遊びに来るようになった。鳴くだけでは開けて貰えなければ、網戸に爪を立てて脅迫するように催促してくる。その度に千尋は慌てて部屋の中に猫を入れるのだ。

 招き入れられた三毛猫は部屋の中を歩き回ったり、毛繕いしたり、自由に過ごした後にまた出ていく。勝手気ままな猫のことを千尋はその鳴き声から「ナァーちゃん」と呼ぶようになった。

 お小遣いで買っておいたカリカリをあげると、ナァーちゃんは勢いよく食べていた。どこかの飼い猫のようだったが、いつもぺろりと平らげた。

「一体、どこの家の子なんだろうね?」

 何を聞いても「ナァー」という甘えた鳴き声が返ってくるだけで、三毛猫の素性はさっぱり分からないままだ。近所で三毛猫を飼っているという家の話も聞かない。

 初めの頃は日中の明るい時間帯に顔を出すだけだった猫が、気がつけば夜中にも遊びに来てそのまま千尋の部屋に泊まっていくこともあった。さすがに夜中に帰って来ないようになると飼い主も心配したのだろう、いつの日か三毛猫の首には赤色の首輪が付けられていた。

「あれ?」

 机に向かって宿題をしていたら膝の上に乗って来た猫の背を撫で、千尋は猫の首輪に細く折り畳まれた紙が結び付けられているのに気付く。結び目を解いて開けば、A6サイズの小さなメモ用紙に何やら文字が書かれている。

『猫の飼い主です。いつも遊びに行かせてもらって、ありがとうございます』

 お世辞にもキレイとは言えない鉛筆書きの字。三毛猫の本当の飼い主からの手紙だった。
 ビックリしたと同時に、千尋はとてもワクワクした。近所に住む見知らぬ誰かが、猫に託して送ってきた手紙なのだから。

 急いで机の引き出しからメモ帳を取り出すと、返事を書き始める。もしナァーちゃんが飼い猫なら、飼い主さんに聞いてみたかったことがあるのだ。

『この子の名前は何ていうのですか? 名前が分からないので、私はナァーちゃんって呼んでます』

 ちゃんとした名前があるのなら、それで呼んであげたい。千尋が適当に付けた呼び名でも、猫は返事をしてくれていたけれど。

 次に三毛猫が千尋のところにやって来た時、首輪には新しい手紙が結び付けられていた。緊張しながら開いてみると、飼い主さんから猫の本当の名前が書かれていた。

『名前は、ミケです』
「三毛猫だから、ミケ? そのまんまじゃん……」

 思わず手紙に突っ込みを入れてしまったのは無理もない。何の捻りも無い名付けに、千尋は吹き出した。
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