三毛猫が紡ぐ恋
 なぜだか既視感のある文字が目に飛び込んで来て、海斗は首を傾げた。見学した缶詰工場の生産工程を丁寧にイラスト付きで説明している新聞は、教室の入口近くの壁に貼られていた。新聞の片隅に小さく書かれた名前は、高山千尋。小学校から一緒の女子はこれまで二回くらい同じクラスになった記憶はあるが、それほど親しい訳ではない。
 だから、千尋が書く文字に見覚えなんて無いはずだった。

 ――でも、この字って……。

 特別に特徴のある文字という訳ではないが、読みやすい柔らかな字。整っているかというと、そうではない。縦長くて、少しだけ大人びた文字。

「ごめん、鍵あった。やっぱ机の中に入れっぱなしだったわ」

 自分の机の中をゴソゴソと漁っていた裕也が、キーホルダーに付けた自転車の鍵をジャラジャラと掲げて見せる。一旦は椅子の上に置いていたリュックを背負い直すと、「お待たせ、お待たせ」とヘラヘラ笑いながら駆け寄ってきた幼馴染に、海斗は曖昧に頷き返した。

 裕也と並んで自転車を走らせている間も、海斗は壁新聞で見た千尋の字が気になってしょうがなかった。

 ――あれは絶対に、そうだ。

 同じ小学校出身だからとか、そんな理由で見覚えがあるとかじゃない。現に去年も一昨年も千尋とはクラスが違ったし、中2の今の彼女の書く字なんてさっき初めて見たばかりだ。大体、他人の字なんてよっぽどでもない限り、見分けなんてつかない。でも、確かにあの字は何度も見たことがある。

「じゃあ、後でな」
「おう」

 自宅前で裕也と別れると、急いで自転車を駐車場の隅に停めてから、海斗は自室へと駆け込んだ。途中、リビングのソファーで飼い猫が丸くなっているのを確認すると、なぜだか胸がドキドキと高鳴った。

「ただいま、ミケ」
「ナァー」

 キッチンから母親が何か言っているのが聞こえたが、返事もせずに勢いよく階段を駆け上がり、机の引き出しにしまい込んでいた紙の束を取り出してみる。無造作にクリップでまとめただけの小さなメモ用紙は、届くまでは細長く折り畳まれた上に結ばれていたせいで、全部皺くちゃだった。

 その一枚一枚を見直しながら、ついさっき教室で見た壁新聞を思い浮かべて、海斗は確信した。

「絶対。絶対に、そうだ」
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