『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~
第五章 聖女じゃないほうだからこそ

ルシス

 朝が来た。
 私はベッド代わりの長椅子から身を起こし、ゆっくりと立ち上がった。
 窓辺に寄って、少しカーテンを(めく)る。
 よく晴れた空がそこにあった。

(『彩生世界』最後の日、か)

 暫く青い空を眺める。
 風に揺れる草木を眺める。
 生きている世界を、見つめる。
 それから私はカーテンから手を離し、元の長椅子のところまで戻った。

 毛布を綺麗に折り畳み、長椅子の背に掛ける。
 枕代わりのクッションも、乱雑に見えないように配置する。
 昨夜着た寝間着代わりのTシャツとジャージのズボンから、ルシスの服へと着替える。寝間着の方が元の世界の服だが、置いて行くしかないだろう。これを着て行ったものなら、ナツメにこちらの悪巧みを看破されかねない。
 脱いだ服もきちんと畳み、クッションの側に置いた。
 仕上げにいつもの肩掛け鞄を身に着け、部屋の出入り口へと向かう。
 一度、室内を振り返る。

(ありがとう。楽しかった)

 そして私は、資料室を後にした。


「はい、ルーセン。香草茶」

 ルーセンの私室。私は二人分の茶の入ったカップとティーポットを、木製の丸いミニテーブルの上の置いた。

「ありがとう。アヤコ」

 やたら行儀良い姿勢で待っていたルーセンから、礼の言葉が来る。
 早速一口飲んで「これこれ」と嬉しそうに言うルーセンに、私は口元だけで笑いつつ彼の向かい側の席に座った。

「やっぱり美味しいよね、これ。初めて飲んだときにすごく気に入って。それで僕の部屋に茶葉を置いてもらったんだ。でも何でだろ、僕が淹れるとこれじゃないものにしかならなかったんだよね……」

 ルーセンが満面の笑みで茶を飲み、しかし話している内にそれが悲しげなものに変わる。

(そう言えば前に鍋の番をしていたときにも、失敗談を話してたっけ)

 料理同様、神は茶を淹れる機会もなかっただろうから、そうなるのも必然か。私は、次の一口でまた笑顔に戻っていたルーセンを眺めながら、自分の茶に口を付けた。

「そうそう。昨日、神域の――セネリアが死んだ場所に行ってきたよ。上下も無いような空間だけど、意外にわかるものだね」

 空になったカップを、ルーセンがテーブルに置く。

「ミウがセネリアなのは驚いたけど、セネリアがちゃんと生まれ変わっていてよかった。そこの世界は、僕と違って安定した良い世界だったみたいだし。それに新しい家族も良い人たちみたいだ」
「それだけど、美生はルシスに残るそうよ」
「へ? 何で――って、あー、カサハがいるからか」

 ルーセンが、空のカップに二杯目をなみなみと注ぐ。そしてそれを彼は、ぐいっと(あお)った。

「勿論それはあるけど、それを抜いても美生はルシスだって好きみたいよ。セネリアが言ってた『親愛なるルシス』って気持ちは、美生にもあると思う」
「それ。それがまたわからないんだよね。僕は彼女の村を滅ぼしたのに」

 再び空になったカップを、ルーセンがテーブルに戻す。

「ルーセンのせいじゃないでしょう」

 私は半分になった茶を飲み干し、自分もカップをテーブルに置いた。

「人間だって自分の体の細胞がどう働いてるかなんて、把握してないわよ。私はセネリアが言う親愛、わかる気がするけど」
「それって、どんな?」

 難しい顔のルーセンが、テーブルに頬杖の格好で私に聞き返してくる。
 態度こそそんなだが彼が真剣に尋ねていることは、私にはわかった。
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