『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~

あの日の望み

 二度目の増援を撃破後、辺りに静けさが広がる。

(勝て、た……)

 勝てる戦いと思ってはいても、知らず知らずのうちに気を張っていたのだろう。私は脱力し、側の壁に手を付いた。
 先導してカサハが『交信の間』に入り、周囲を確認した彼から片手を上げた合図がくる。
 入口に近いルーセンから順に、私たちは『交信の間』へと入った。
 魔法陣を見た美生が、それを描いたナツメに声を掛ける。その様子を見て、私は部屋の奥へと向かった。

(綺麗……)

 大鏡の前に立ち、間近で見た魔法陣の美しさに圧倒される。
 私は右手を掲げ、人差し指をペンになぞらえて、それを描いたナツメの手の軌跡を辿ってみた。
 そうしながら先刻ナツメにされたように、鏡を利用して彼の様子を覗き見る。

(美生との会話中に、余所見は失礼よ)

 こちらの動向を窺う素振りを見せるナツメに、私は心の中で注意した。
 正確に言えば彼は、ちゃんと失礼にはならないよう美生が他の二人に話しかけた隙を見てそうしていた。そんなところに彼らしさが見えて、苦笑する。
 美生と彼らの間でなされる本編の遣り取りが終わり、彼女は大鏡へと身体ごと向き直った。
 そして私は、そんな美生と正面から向かい合う形で、彼女を振り返った。

「美生、神域には私が行くわ」

 きょとんとしてこちらを見た美生の隣、ナツメがハッとした表情になる。直ぐさま動き出した彼に、私も直ぐに身を(ひるがえ)した。
 大鏡に手で触れる。
 その手を前方に伸ばせば、水面に手を差し入れるような感覚の後、私の身体は鏡の向こう側へと抜けていた。
 最後に左足が境界を跨いで、空と大地がある物質的なルシスとは別の次元に移動する。そこは今朝ルーセンが話していたように、上下の感覚が無い不思議な場所だった。

(ゲームで見ていたときより、優しい印象かも)

 ぐるりと辺りを見回して、そんな感想を抱く。
 眼前に広がるのは、薄明かりの月夜を思わせる、静かな闇。闇は闇でも、安らぎを感じさせる……そんな空間。ここの主をよく表していると思った。

(ゲームではここで、美生の回想シーンが始まるわけだけど……)

 私の方は適当に時間を潰すしかないか。私は当てもなく歩き出そうとして――

(……何?)

 突如背後から差し込んだ強い光に、反射的にそちらを振り返った。
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