『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~

攻略対象キャラ

 滞在中使わせてもらうことになった資料室に来た私は、長椅子に腰を下ろした。
 長椅子の背に掛けられた毛布、座面に置かれた枕が目に入る。畳まれた着替えも数枚、枕の上にあった。私が寝泊まりするために、用意されたものだろう。
 普段着らしき服を手に取り広げてみて、私は思わず「おー」と声を上げた。
 服装で(クラス)がわかりやすいナツメたちに対し、これは村人Aな感じだ。『パーティーメンバー』として認識されるわけにはいかないので、そういう注文をしたわけだが、これは思った以上にモブ感がある。素晴らしい。
 しみじみと『村人の服』を眺めた後、今は着替えないので元のように畳んで脇に置く。
 靴を脱ぎ、胡座になる。座り心地は快適、手にした毛布も我が家の安い奴より断然肌触りが良い。

「さて、と」

 一度背伸びをして、それから私はここへ来る途中貰ってきた肩掛け鞄を側の机の上に置いた。
 ロイくんに頼むと、「丁度、僕はそういった物の調達が担当なんですよ」と、すぐに用意してくれた。そうだね、知ってて頼んだ。
 鞄から、やはり貰った白紙の束とペンを取り出す。
 『カサハのイベント発生』……と。
 ペンでサラサラと、一枚目の紙にそう記す。
 そしてその文章の下に関連するイベントの概要を箇条書きで書き連ねたところで、私は紙の上に落ちる人影に気付いた。
 顔を上げ、その人物を見る。

「ナツメ? ルーセンと出かけたままと思っていたわ」
「俺に割り当てられた仕事は終わらせてきました。何を書いているんですか? 貴女の世界の文字かと思いますが」
「ああ、これ。さっき美生がカサハと出かけると言っていたから、そうなった場合の今後の展開を書き出していたのよ」
「そうなった場合、とは?」

 私が答えたことで聞いても構わない内容だと判断したのか、ナツメがさらに聞いてくる。
 彼は私の隣に並んで座った。

「私が物語としてこの世界の未来を視ている話はしたわよね?」
「ええ」
「その物語は『彩生世界』って言うんだけど、『彩生世界』は結末が一つじゃないのよ。美生が取った言動で未来がどうなるか変わる物語なの」
「ミウさんが取った言動で未来が変わる? では、貴女が知っている未来と変わってしまうことも有り得るということですか?」
「あ、それは大丈夫。この後、八回三択の分岐が来るけど、どれを選んだらどうなるのか全部頭に入ってるから」
「は?」
「戦闘もそれと似たようなもので、勝てた手順通りやれば次も勝てるようになってるのよ。だからそこから外れないように、気を付けないといけないわけ」
「――待って下さい。つまり、貴女の『予言』とは単に物語を読んだという単純な話では無く、貴女が作中にあるすべての分岐や戦闘手順を試し、そのすべてについての結果を記憶しているということですか⁉」
「そういう言い方をされると何かすごいことに聞こえるけど、違ってはいないわね」

 予想外に大きな反応を示したナツメに、こちらの方が驚かされる。私の感覚で行けば、選択肢によるルート分岐を記憶していることなんて珍しくもない、恋愛ゲーマーあるあるなのだが。

「いえ、普通に「すごいこと」だと思いますよ。俺は神殿での貴女の口振りから複数の結果があるらしいとは思っても、予め用意された結果から貴女が任意で選んだものと思っていました。それが貴女が実際幾通りも試したものだったとは……想定外過ぎます」

 珍しい。ナツメが早口だ。
 それにナツメのここまではっきりとした驚いた顔というのも、ゲームでは見たことがなかった。

(生きて……いるのよね)

 彼を見て、はたと思う。
 生き生きとした彼は、容貌さえファンタジーで無ければ現実世界となんら変わりない。風景も当たり前だが一枚絵ではなく、見る角度によってちゃんと違ってくる。人物も風景も、ここでは「生きて」いる。
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