『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~

役目

「ありました、(ぎよく)です!」

 戦闘が終わり、私は美生たちが本編ストーリーを進める様子を眺めていた。

(彩生……)

 イスミナのときと同じく、美生が玉に触れた途端に彩生が始まる。
 闇が薄れ、消えて、現れた領主邸。キャンパスに描かれる風景画の早送りを見ているようだと、あのとき『現実』として感じたはずだったのに。

(私はどこまでも、「わかったつもり」だった……)

 彼らが喜び合ったのも束の間、美生が頭を抱えてその場にうずくまる。

「また、あの声が……」

 彼女の身を案じて、カサハたちが次々と声を掛ける。私だけは少し離れたこの場から、その様子をただ眺めている。

「あなたは誰? どうして私に助けを求めるの……?」

 得体の知れない声に不安に駆られている美生は、現実だ。でも現実ならば、普通見知った人がそんな様子を見せたなら、こうして冷静になんて見ていないだろう。彼らのように駆け寄り、声を掛けるだろう。そんなふうに思う私がいる。
 手順から外れないようにという理由以前に、私は美生に掛ける言葉が見つからない。

「以前ミウさんが声を聞いたのも、セネリアの魔法発動場所でしたね。関係があるんでしょうか」
「助けを求める声、か。ルシスに封印されたセネリアが外に出せとでも言っているのか?」
「可能性はありますね」

 カサハとナツメが、声の正体について互いに推測を述べる。

「ミウはセネリアと波長が似てるからセネリアの精神に干渉できる。でもそれって、逆にセネリアから発信された思念の影響も受けやすい……?」

 ルーセンも思案顔で推測に加わり、そのことで美生の表情が一層不安めいたものになる。
 それでも、私は彼女に掛ける言葉が見つからない。――得体の知れない声の正体も、その目的も、私は知っているから。

「ごめん、ミウ。僕はそこまで考えてなかった」
「いえ、声が聞こえるだけで他は特にどうってこともないですし。そう言えば、最初に聞こえたのは召喚されたときでした」
「ルシスの神体は『交信の間』に在ります。これはほとんど声の正体について確定と言ってもいいかもしれませんね」

 ナツメが、美生が玉を見つけたといった場所を見遣る。

「セネリアの疑いがある精神干渉を遮断することは可能です。ですがそうなると、玉の感知がおそらくできなくなります」
「あー、そういう話になるよね」
「だがあの女、セネリアは危険だ」
「あのっ、私なら本当に大丈夫です。声も長くは続きませんし!」

 美生が慌てた様子で言って、それから彼女はバッと勢いよく立ち上がった。元気だと、証明してみせるように。

「本当に何ともないのか?」
「ありません」

 再確認してくるカサハに、美生が大きく頷く。
 進んで行く物語に、私は無意識に一歩(あと)退(じさ)っていた。

(これは現実で、でもやっぱり物語で……)

 美生たちは血の通った人間。私と話すことも触れ合うこともできる。それは確かで。
 でも、今彼女たちが立っている場所は、疑いようがなく私とは別の場所で。
 混乱した頭がさらに一歩、私を彼らから遠ざけた。見えない壁に、押し出されるかのように。

「わかった。何かあったら必ず言ってくれ」
「はい、約束します」
「周辺の魔獣の掃討の前に、一度領主邸の様子を見に行きたい。いいだろうか?」

 カサハの意見に面々が同意し、丘を下るため歩き出す。
 私は止まることなく進んで行く物語を、その場でただ見つめていた。
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