『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~

名前

(やっと着いた……今度こそ)

 私は豪邸を目の前に、大きく息をついた。
 「今度こそ」と付くのは、ルシルサの街に着いた時にも「やっと着いた」と思ってしまったからだ。街に着いたからといって、すぐそこで休めるわけではない当たり前をうっかり失念し、がっくりきていたのはつい先程の話。

「えっと……宿屋じゃないですよね? さすがに」

 呆然と邸を見上げていた美生が、滞在先にアテがあると案内を買って出たナツメに尋ねる。

「俺の養父の別邸ですが、本人は亡くなっていません。邸の維持に最低限の使用人がいるだけなので、活動拠点とするなら宿よりこちらの方が便利かと思います」

 ナツメは美生に答えた後、その間にやって来た使用人らしき初老の男性に門を開けさせた。

「暫く滞在することになると思います。食事もこちらで取りますが、その他はいつものように」
「かしこまりました」

 使用人の男性が一礼して去って行き、ナツメが皆に「どうぞ」と言って歩き出す。こういった邸で主自ら案内することはそうないだろうから、なるほどこれを含めて「いつものように」というわけか。
 ナツメの後を真っ先にルーセンが追い、美生、私、カサハと続く。

(ゲームでは外観は文章説明だけだったけど、これは確かに豪邸だわね)

 かなりの面積を占める前庭の花壇、門から玄関まで延びる石畳は種類の違った石を使うことで模様になっている洒落たデザイン。ナツメの養父は神官だが、これは神官の家というより丸きり貴族様のお邸だ。まあ実際、貴族の邸だったものを買い取ったという設定だったはずだから、間違いではないのが。

(二階のバルコニーも、某シェイクスピアの悲劇に出て来そうな奴ね)

 ナツメのシナリオでしか明らかにされないが、ナツメの養父は表向きイスタ邸で質素な生活をしながら、王都では贅沢三昧な日々を送っていた曲者で。それを外部に知られないようこの邸をナツメ名義で購入し、ナツメのための邸と位置付けていた。その養父が例のセネリア神殿襲撃事件の際に亡くなり、名実ともにここはナツメの邸になってしまったという経緯がある。

「さっき街の入り口で、早速身バレしてたミウは明日王城へ行く話になったから。今日はこの後ゆっくりするといいよ」
「えっ⁉ 初耳です!」

 まるで今日の天気でも話すかのように言ったルーセンに、驚く美生の声が私の耳に届く。
 これについてはゲームでは、美生が部屋に入ってから「いきなり王城に行くことを聞かされた」という一言で説明が終わっていた。いや本当、いきなりだね。

「王城直行は、嫌かと思って。先手を打って、衛兵に「聖女様が明日王城を訪ねる」旨の伝言を頼んだんだよ」
「あ、引き延ばして明日だったんですね……ありがとうございます」
「ここからなら今いる通りを真っ直ぐ西に行けば王城だから、明日の朝もそこまで慌てなくていいと思う」
「あの、ルーセンさんも来てくれるんですか?」
「うっ……ごめん。僕が一緒に王城へ行くのは、ちょっとまずい。あっ、カサハに行ってもらおう。おあつらえ向きに元要人の護衛だし。いいよね?」

 ルーセンは反転し、後ろ歩きしながらやや離れた位置にいたカサハに手を振った。

「わかった――あ、いえ、承知いたしました」
「いやいやいや、「わかった」でいいから。言い直さなくていいから。今まで通りでお願い」
「……わかった」

 居心地悪そうに答えたカサハに、美生が「よろしくお願いします」と頭を下げる。そうしたところで、私たちは邸の玄関ホールへと到着した。
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