『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~

『ナツメ』とナツメ

「貴女って本当、俺のことが解ってますよね」
「そりゃあ、戦闘の手順を覚えるほど物語を見てるもの」
「それでも、『知っている』ではなく『解っている』のは、貴女だからだと俺は思います」
「……っ」

 柔らかに微笑んだナツメに、一瞬呼吸が止まる。
 ゲーム中のナツメは、感情の乗らない所謂作り笑いをしていることが多いキャラだった。『ナツメ』とここにいるナツメが随分違うと感じたのは、今に始まったことではない。けれどこう、唐突にナツメだけの魅力を見せられると心臓に悪い。

「そういえば、アヤコさんの鞄から見えるそれは何ですか?」
「えっ、あ、これね。スケッチブックよ。ルシスの植物とか、文様とかを描いてたの」

 ナツメが指差した先を見て、私は肩掛け鞄から顔を覗かせていたそれを軽く叩いて答えた。

「元の世界の仕事の参考になるし、それに単純にいいなと思ったものを描くのが好きなのよ」

 飾り枠やカーソルは、ゲームの世界観を表現する大切な要素。普段はプレイヤーが気にも留めない箇所ではあるが、目立たないことすらゲームの没入感を妨げないための大事なポイントでもある。
 スケッチブック自体は持ち帰れないかもしれない。けれど、一度描けば知識としては残る。無駄にはならない。

「元の世界の仕事……ですか」
「あ、仕事と言えば、さっき仕事中のロイくんに会ったのよ。マトリの花の納品に来たって。物語では調達の仕事のことにしか触れてなかったから、新発見だったわ」
「その口振りから行くと、ロイさんまで個人名で登場するんですか。ミウさんと行動を共にしていない彼までそうとは、アヤコさんの話す物語は随分細かい設定の代物ですね」
「ああ、ロイくんも行動次第では美生と親密になる対象の一人なのよ。彼は一番お気に入りで見た回数も多いから、ここに来て新しい情報が出て来るとは思ってなかったわ」
「……え?」

 設定資料集的なものを読むのが好きな性格なので、裏設定を知るのは楽しい。お得感が心弾ませ、自然と足取りが軽くなる。
 一瞬そのせいで、隣を歩いていたはずのナツメが消えたかと思った。が、振り返れば後方で彼は立ち止まっていた。
 どうしたのかと尋ねかけて、私はハッとしてナツメに駆け寄った。そしてすかさず、彼の肩にポンと手を置いた。

「あ、うん。言いたいことはわかる。わかるから、落ち着いて思い出して。私の知ってる物語は、美生の視点で進むということを」

 あれはあくまで、美生が誰かと恋をする話だ。ロイくんは好きだが、私とロイくんは無い。年の差恋愛を否定するわけじゃないが、自分的には十一歳下は無い。

「でも好みという点で行けば、それってアヤコさん自身の好みですよね?」
「それはまあ、そうだけど……」

 お気に入りであることは事実なので、素直に頷く。

「でも顔は、多分俺の方が好みですよね?」
「えっ?」

 え、そこ? 大事なのはそこ? てっきりショタコンについて言及されるかと思ったのに、そこ⁉
 ナツメの意外な切り返しに、私はついたっぷり十秒無言で彼を見つめてしまった。
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