『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~

意味

(覚えてる……この場面)

 村を優しく見つめる美生――セネリアの姿が、ゲームで見た場面と重なった。

「レテの村は、皆が家族のようでした。だから誰一人、欠けていません」

 言って、セネリアが目を閉じる。

「ありふれた、けれど幸せだった日々を彼らは繰り返しています……あの日からずっと」

 ゲームでは、ここでセネリア視点の回想が入る。彼女の『あの日』の記憶が語られる。
 朝、いつもと変わらない挨拶をして、セネリアは山菜を摘みに山へ入った。その山の上から彼女は、果てに呑まれ消えて行く村を目撃する。
 急いで戻ったセネリアの前には、一面の闇。
 地震や火事なら叫び、走り回りもしただろう。でも規格外のルシスの果てを前に、彼女は呆然と立ち尽くすしかなかった。

(イスミナとセンシルカの境界線に映された、セネリアの闇……)

 目を開けたセネリアが、柔らかな表情で側の枯れ木に手で触れる。その顔が回想のラスト、彼女が最初の境界線――幻のレテの村を後にする場面を(ほう)彿(ふつ)とさせた。
 幹が枯れているのに、村に面した片側の枝にだけ葉を付けた木。葉の付いた方の枝に結ばれた、黄と緑の組紐。レテの髪と瞳を表すそれは、村を作ったレテが最初に結び、そして毎年村の長が代々結び直してきたもの。

「レテの村の誓いは、生涯を掛けてルシスを支えること。村に留まりマナを供給してきましたが、それでは間に合わずルシスは崩れてしまいました。だから私は、ルシスに私の『人の記憶』を渡しに向かったのです。『世界の記憶』には及びませんが、人が人たらしめる記憶はそれなりの量のマナとなる」
「……どうして、そうまでしてルシスを助けようと?」

 セネリアに、レテと同じ色をした髪と瞳を持つルーセンが問う。

「君なら本当に(ルシス)に取って代われたはず。神から『世界の記憶』ごとマナを取り込み、それをそのまま神域で流せば、世界は壊れず君も死なずに済んだ」

 徐々に強くなるルーセンの口調にも、セネリアの表情は変わらない。村を見ていた目と同じように、彼女は彼を優しく見つめていた。

「神が世界であるのは、『世界の記憶』を持つからだ。人が『人の記憶』で成り立つように、神が持つ『世界の記憶』が世界を存在させる。それは逆に言えば、それさえ手に入れば誰にでも神の代わりができる。不完全な世界を終わらせて、新しい世界を始められる。そのことを君は知ってたはずなんだ」

 一息に捲し立てたルーセンが、苦虫を噛み潰したような顔をして。それから彼は、セネリアから目を逸らした。
 そんな彼に、彼女が微笑む。

「それは私が救いたかったのは(つち)(くれ)ではなく、親愛なるルシス――あなただからです」
「――っ」

 ルーセンが目を瞠り、息を呑む。

(今なら、私にもセネリアの気持ちがわかる)

 『人の記憶』を同じように持つ人が誰一人同じでないように、『世界の記憶』もまた個を有している。セネリアの手で改められた新しいルシスは、一見同じようでいて今のルシス――ルーセンではなくなってしまう。
 セネリアは、ルーセンにルシスであって欲しい……そう、望んだのだ。
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