激甘バーテンダーは、昼の顔を見せない。
記憶
「…うわ、やば……」
翌日、朝7時。
目覚めた場所は、自分の家では無かった。
見渡す感じ…ビジネスホテル?
シングルベッドが置かれただけの、こぢんまりとした部屋。
「今日…仕事休みで良かった…」
昨日、光莉さんとの件で傷心して…マスターのところでお酒を飲んで…最後は、どうなった?
どうしてここにいるのか…全く記憶が無い。
「マスターに迷惑を掛けたかも…」
そう考えると、寒気がしてきた。
まずいなぁ…。
菓子折りを持って、今日も行こう…。
身支度を簡単に済ませて、チェックアウトをしに受付へ向かう。
しかし驚いたことに…なんと料金の精算までされていた。
「本当に…?」
最悪だ。
31歳になってまで、周りの人に迷惑を掛けるなんて。
菓子折りだけでは…済まないかも。
二日酔いでガンガンする頭を抑えながら、家路の途についた。
「そういえば…」
昨日バーに行ってから、一度もスマホを開いていなかった。
忘れていたそれを取り出し、画面をつける。
「…ひっ」
…鳥肌が立った。
マナーモードに設定をしていたから気が付かなかったけれど…。
昨日と今日合わせて、光莉さんからの着信が24件。
メッセージアプリの通知は58件。そのうち、52件は光莉さんだった。
《綾乃さん、本当にごめんなさい》
《昨日は咄嗟にああ言ってしまいましたが、綾乃さんも好きです》
《その気持ちに、嘘はありません》
《綾乃さん》
《電話に出て下さい》
《話がしたいです。こんなにも好きなのにどうして…》
既読を付けずに、送られてきたメッセージを全て読む。
率直に…怖いと思った。
光莉さんはあの時、『申し訳ないけれど。綾乃さんは、2番目に愛そうと思う』と言っていた。
『咄嗟に』そんな言葉が出てきたのだとすれば。
それは…間違いなく光莉さんの本心だ。
「それに綾乃さん『も』好きですって…。そこにも本心が漏れているじゃない…」
…何だか、一周回って面白くなってきた。
本当に有り得ない。
私のことを馬鹿にし過ぎだ。
両親には悪いけれど、婚約は破棄させてもらう。
無理。
私はもう…光莉さんのこと、何一つ信じられない…。