『悪役令嬢』は始めません!

『秘密の恋人』始めました

 恋人と二人でランチ。何て良い響きなんだろう。
 私はうっとりしながら、同じテーブルに向かい合って座るレンさんを見た。

「時間を作ると言っておきながら、こんな隙間時間で申し訳ないね」
「そんなことはありませんっ、とても嬉しいです」

 レンさんが私のためにギルドの在席時間に加えてくれたのは、食事の時間だった。おそらく今まで別の場所で取っていた食事を、館内のカフェに変えてくれたのだろう。
 隙間時間と表現したように、こうして会えるのは一時間もない。けれど、彼が忙しい合間を縫って時間を作ってくれたことはわかっているから、本当に嬉しいと思う。

(デートだ、ランチデートだ)

 カフェには当然、他の職員さんたちもいる。けれど私の中では、レンさんと二人の世界だった。
 実際、何故だか私たちの席の周りは不自然に空いてる。私が一応侯爵令嬢ということで、遠巻きにされているのだろうか。それか、領地開発に熱心な父の使いとして来ているとでも思われていて、機密の盗み聞きはまずいと避けられているか。
 『秘密の恋人』としてはいいカムフラージュなのだろうが複雑だ。……いや、駄目駄目。欲張っては駄目。今に意識をフォーカスして満足するのよ、私。

「レンさんとこうして食事できるなんて、思ってもみませんでした」

 私は、テーブルに置かれた自身のランチプレートに目を遣った。
 ここのカフェはビュッフェ形式。六つの凹みがある大きなトレイが用意されていて、そこに各自で料理を盛って行く。
 私はパン、サラダ、肉料理、魚料理、果物とバランス良く選んだ。もう一つの凹みにはカップを載せて、日替わりスープを。
 カップ、フォーク、スプーンは基本的に持参。忘れてきた者や私のようなゲストは、店の物を借りることもできる。洗い物を極力減らすことで、少ない人数でも回せるそうだ。なるほど。
 レンさんは遅めの朝食――ブランチだからか、『盛り付ける』ではなく積み上げる方の盛り方をしてある。パン、サラダ、肉料理、魚料理を選んでいるのは私と同じ。しかしレンさんのは、サラダの上に魚料理が重ねてあり、肉料理が盛ってある凹みは三箇所。そしてトレイとは別に、日替わりスープを入れたカップもテーブルに並べていた。
 これと似た光景、実は前世で見たことがある。一日分の食事を一回で済ませるため、その一回を多めにするって方法。私が勤めていた会社で、何人かそんな人がいた。かくいう私も、たまにその中に入っていた。レンさん……生きて。

「あっ、そうだ。レンさんに見てもらいたいものがあって」

 私は、レンさんが肉々しいランチプレートをぺろりと平らげたタイミングで、切り出した。
 私が大きめの鞄を提げて来たことで、ある程度予想は付いていたのだろう。レンさんは私が鞄を探り出すと同時に、自分の使用済み食器類をテーブルの端に退()かした。
 私が鞄から取り出した書類を差し出せば、やはりレンさんが驚くことなく受け取る。そして彼は「見せてもらうね」と私に断りを入れ、書類に目を落とした。
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