『悪役令嬢』は始めません!
「お父様は、スレイン王子より余程素敵なパートナーですわ」
「そうか」

 私が元気アピールも兼ねてにこりと微笑めば、父はホッとしたような顔をした。
 実際、スレイン王子より父にパートナーを務めてもらうのは嬉しい。デビュタント時に既に婚約者がいた私は、父にエスコートしてもらったことがなかった。これは怪我の功名といってもいい。
 何がそんなに嬉しいって、父はお世辞抜きに美男なのだ。私と同じ、銀髪青目。そして私にとっては少しきつい印象となるクール系の容貌も、父の場合は知的な男性に映る。
 王都中というと大袈裟かもしれないが、引けを取らないレベルでエスコートを憧れる女性は多い。かくいう私もその一人である。
 勿論、それとは別に純粋に父が好きという理由もある。……取って付けたわけじゃなくて。
 前回のパーティーまでは婚約者といた私が、今回父親をパートナーとしたことを()()する者はいるだろう。だがきっと、そんな声が気にならないほど私を羨む女性の方が多いだろう。断言できる。

(叶うものなら、レンさんにエスコートされてみたいけれど)

 父のエスコートを思い浮かべたはずが、ついそこにレンさんの姿を当ててしまった。望んだところで(せん)無いこととわかっていながらも。
 パーティーではせめてひっそりと、レンさんの色を取り入れたコーディネートをしようか。寂しさを打ち消すために自分に(おど)けてみせて、意外とそれもありではないかと思い及ぶ。
 よし、採用。

「卒業パーティーが楽しみですわ」

 調子に乗って私はつい本音を、しかも弾む声で言ってしまった。案の定、父が微妙な顔をする。
 そうでした。一応、今日婚約破棄された身でした。
 レンさんへの想いが通じた嬉しさからの、父のエスコートの申し出。駄目押しに、レンさんカラーでコーディネートしちゃおうプロジェクト発動……。こんなプレミアムなコンボが入った日には、色々頭からスコンと抜けても仕方がないと思うの。

「お父様は、私を元気にする天才です」
「! そうかそうか」

 慌てて誤魔化せば、父の(ゆう)(しよく)()(しよく)に早変わり。デレッとしてもイケメンですね!

「それでは私はこれで失礼させていただきます」
「うむ。ゆっくり休みなさい」

 私はこれ以上ボロが出ないうちにと、父の執務室を辞した。

(ゆっくりはできないんです。お父様)

 廊下に出て、扉を完全に閉めたところで心の中で返答する。
 私はこれから、男主人公の分まで一人で『逆ざまぁ』の仕込みを始めなければならないのだ。
 きっと今日からの一ヶ月間は、人生で最も多忙になることだろう。良くも悪くも。

(レンさんと恋人として過ごせるご褒美があるなら、どんな過重労働でもこなしてみせるわ!)

 何はともあれ、まずは計画を立てねばなるまい。
 私は気合い充分に、自室へと向かった。
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