ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました
第二十三話・配属替え
翌日、遅番のシフトで出勤した穂香はレジカウンターの中に見慣れない女の子の姿を見つけた。ショートヘアでとても快活そうで、大学生といっても余裕で通じそうなくらい若い。一瞬、客が勝手に入ってしまったのかと焦ったけれど、隣にいる柚葉も店頭の弥生も平然としているし、よく見たら胸元には自分と同じ『セラーデ』の名札を付けている。関係者には間違いなさそうだけど、初めて見る顔だ。
「おはよう、ございます?」
いろいろ疑問だらけだったせいで語尾が下がってしまったが、店内へ向けて出勤の挨拶をすると、その女の子も店長達と一緒に「おはようございます」と返してくれた。ということはつまり、新しく入ったスタッフだろうか?
穂香が首を傾げていると、その女の子は自らこちらへと駆け寄ってきて、ペコリと頭を下げてくる。
「おはようございます、本店から移動して参りました、竹内花梨です」
「あ、あれ? 本店の竹内さんって、こないだ入社したばかりの?」
「はい。よろしくお願いします!」
「あ、こちらこそ、よろしくお願いします……」
竹内というと、ときめきモール店のオープン準備の際に噂で聞いていた新人スタッフだ。「経験者だから教えることが何もないのよー」と自慢げに戸塚さんが言っていたけれど、もうこの店に移動?
状況が把握しきれないでいる穂香の傍に、弥生がこそこそ近付いてきて声を潜めて事情を説明してくれる。
「代わりに野中さんが本店の勤務になったみたい」
「あ、なるほど……」
昨日の閉店後、オーナーから連絡が入って急遽配属店が替わることになったらしい。野中も何が原因かが分かっていたようで大人しく移動を受け入れたのだという。
——閉店後ってことは、私がシャワー浴びてる時かな? 隼人さん、何も言ってなかったけど、動いてくれてたんだ。
「え、でも竹内さんはこんな急に移動することになっても平気だったの?」
彼女はただの巻き添えだ。無理矢理の配置替えだったのなら申し訳なく思えて、穂香は焦って確認する。すると、新しい後輩は満面の笑みで親指を立ててみせてきた。
「いえ、私的には願ったり叶ったりでした。だって、本店って商店街の中にあるんで、休憩時間が暇っていうか……」
「ああ、古い昔ながらの商店街だもんね。確かにそういう面では物足りないよね」
「それにかえでモールは学生の時にしょっちゅう来てたので、まさかここで働けるなんて思ってなかったです」
通勤は十分ほど遠くなったけれど、店舗周辺の充実度を考えると不満はないという答えを聞いて、穂香もホッとする。本店側からしてみても、野中は仕事面では優秀だからスタッフを入れ替えられても文句は少なそうだ。
「そっか、そういうことになったんだ……」
思わず漏らした穂香の呟きに、弥生が背中をポンと叩いて励ましてくる。
「あれだけ言ったのに、自分では何も言おうとしないからぁ」
「弥生さんのおかげです。ありがとうございました」
「それはもういいから、早く荷物置いて、さっさと仕事始めよっ」
穂香は先輩へと笑顔を向けてから、急ぎ足でストックルームへと向かう。カーテンは以前と同じようにきっちり閉めて、奥のロッカーへとバッグを突っ込んだ。
店の隅っこで納品されたばかりの商品を検品しながら、弥生が思い出したように言ってくる。
「次の定休日前に竹内さんの歓迎会やるから、忘れないでよ」
「あ、歓迎会の日は変更なしなんですね」
「当たり前でしょ。次の日が全員休みなの、定休日前しかないんだから」
野中の歓迎会をする予定だったのを、そのまま竹内のへとシフトすることになったらしい。合理的なんだけど、それでいいのかと穂香は苦笑する。定休日も年に数回しかないから、他の日となると二ヶ月後とかになってしまうのだから仕方ない。
「お店はどうしようかって言ってたんだけど、無難に前にオーナーと飲みに行ったところにする? それか、どっか良さげな店知ってる?」
伝票にレの字でチェックを入れながら、弥生が眉を寄せて悩んでいる顔をする。弥生は周辺ショップとの交流にも積極的で、頻繁に他店のスタッフと飲みに行っている。多分、この辺の飲み屋のことは穂香よりも断然に詳しい。
一瞬、栄悟が経営しているというバーのことも頭に横切ったが、また何かややこしいことになりそうに思えて、穂香は笑って誤魔化すに留めた。
「あ、あと、その日は川岸オーナーの予定もガッツリ押さえてあるから。またバイヤー時代の話を聞かせて貰おうっと」
ふふふん、と鼻歌を歌いながら弥生はご機嫌で商品を棚に並べていく。今日入荷したのは秋物の新シリーズ。レジ横の壁面什器を一つ使って展開することになったらしく、店が徐々に深みのある秋色へと染まっていくようだった。
新商品のブランドタグを確認しながら、穂香は今聞いたことを頭の中で反芻し、かなり遅れて反応する。
「えっ、オーナーも来られるんですか⁉」
「うん、結構前にオッケー貰ったよ。今のところは大丈夫って言ってたかな」
歓迎会のことが決まったのはすれ違いの多い時期だったから、その辺りの話をする機会がなかったせいだ。必要以上に驚いている穂香のことを、弥生が不思議そうな顔で見ている。
「おはよう、ございます?」
いろいろ疑問だらけだったせいで語尾が下がってしまったが、店内へ向けて出勤の挨拶をすると、その女の子も店長達と一緒に「おはようございます」と返してくれた。ということはつまり、新しく入ったスタッフだろうか?
穂香が首を傾げていると、その女の子は自らこちらへと駆け寄ってきて、ペコリと頭を下げてくる。
「おはようございます、本店から移動して参りました、竹内花梨です」
「あ、あれ? 本店の竹内さんって、こないだ入社したばかりの?」
「はい。よろしくお願いします!」
「あ、こちらこそ、よろしくお願いします……」
竹内というと、ときめきモール店のオープン準備の際に噂で聞いていた新人スタッフだ。「経験者だから教えることが何もないのよー」と自慢げに戸塚さんが言っていたけれど、もうこの店に移動?
状況が把握しきれないでいる穂香の傍に、弥生がこそこそ近付いてきて声を潜めて事情を説明してくれる。
「代わりに野中さんが本店の勤務になったみたい」
「あ、なるほど……」
昨日の閉店後、オーナーから連絡が入って急遽配属店が替わることになったらしい。野中も何が原因かが分かっていたようで大人しく移動を受け入れたのだという。
——閉店後ってことは、私がシャワー浴びてる時かな? 隼人さん、何も言ってなかったけど、動いてくれてたんだ。
「え、でも竹内さんはこんな急に移動することになっても平気だったの?」
彼女はただの巻き添えだ。無理矢理の配置替えだったのなら申し訳なく思えて、穂香は焦って確認する。すると、新しい後輩は満面の笑みで親指を立ててみせてきた。
「いえ、私的には願ったり叶ったりでした。だって、本店って商店街の中にあるんで、休憩時間が暇っていうか……」
「ああ、古い昔ながらの商店街だもんね。確かにそういう面では物足りないよね」
「それにかえでモールは学生の時にしょっちゅう来てたので、まさかここで働けるなんて思ってなかったです」
通勤は十分ほど遠くなったけれど、店舗周辺の充実度を考えると不満はないという答えを聞いて、穂香もホッとする。本店側からしてみても、野中は仕事面では優秀だからスタッフを入れ替えられても文句は少なそうだ。
「そっか、そういうことになったんだ……」
思わず漏らした穂香の呟きに、弥生が背中をポンと叩いて励ましてくる。
「あれだけ言ったのに、自分では何も言おうとしないからぁ」
「弥生さんのおかげです。ありがとうございました」
「それはもういいから、早く荷物置いて、さっさと仕事始めよっ」
穂香は先輩へと笑顔を向けてから、急ぎ足でストックルームへと向かう。カーテンは以前と同じようにきっちり閉めて、奥のロッカーへとバッグを突っ込んだ。
店の隅っこで納品されたばかりの商品を検品しながら、弥生が思い出したように言ってくる。
「次の定休日前に竹内さんの歓迎会やるから、忘れないでよ」
「あ、歓迎会の日は変更なしなんですね」
「当たり前でしょ。次の日が全員休みなの、定休日前しかないんだから」
野中の歓迎会をする予定だったのを、そのまま竹内のへとシフトすることになったらしい。合理的なんだけど、それでいいのかと穂香は苦笑する。定休日も年に数回しかないから、他の日となると二ヶ月後とかになってしまうのだから仕方ない。
「お店はどうしようかって言ってたんだけど、無難に前にオーナーと飲みに行ったところにする? それか、どっか良さげな店知ってる?」
伝票にレの字でチェックを入れながら、弥生が眉を寄せて悩んでいる顔をする。弥生は周辺ショップとの交流にも積極的で、頻繁に他店のスタッフと飲みに行っている。多分、この辺の飲み屋のことは穂香よりも断然に詳しい。
一瞬、栄悟が経営しているというバーのことも頭に横切ったが、また何かややこしいことになりそうに思えて、穂香は笑って誤魔化すに留めた。
「あ、あと、その日は川岸オーナーの予定もガッツリ押さえてあるから。またバイヤー時代の話を聞かせて貰おうっと」
ふふふん、と鼻歌を歌いながら弥生はご機嫌で商品を棚に並べていく。今日入荷したのは秋物の新シリーズ。レジ横の壁面什器を一つ使って展開することになったらしく、店が徐々に深みのある秋色へと染まっていくようだった。
新商品のブランドタグを確認しながら、穂香は今聞いたことを頭の中で反芻し、かなり遅れて反応する。
「えっ、オーナーも来られるんですか⁉」
「うん、結構前にオッケー貰ったよ。今のところは大丈夫って言ってたかな」
歓迎会のことが決まったのはすれ違いの多い時期だったから、その辺りの話をする機会がなかったせいだ。必要以上に驚いている穂香のことを、弥生が不思議そうな顔で見ている。