イケメン御曹司とは席替えで隣になっても、これ以上何も起こらないはずだった。

No.36:我慢するな

「お、始まったな」
「うわー、近い近い!」

 私はいままで、これだけの至近距離で花火を見たことがなかった。
 目の前のパノラマ空間に、大小様々な花火が次から次へと打ち上がる。
 赤、青、緑、黄色、ピンク……。
 色とりどりの、様々な形の花火がどんどん打ち上がった。
 
「臨場感が凄いよね」

「そうだな。迫力があるだろ?」

「うん、それに花火の匂いとか煙とかも流れてくるから、すっごく面白い」

「ああ、4Dってヤツだな」

 前半戦が終了して、小腹が空いた私達はテーブルの上の食べ物を口にしていた。

「こんなに食べ物まで用意してもらっちゃって……今更なんだけど、なんだか悪いな」

「気にするな。月島がいなくても、これぐらいは用意されていたわけだからな」

「それに……これも今更なんだけどさ」
 私はちょっと言いよどむ。

「私なんかで、よかったの?」

「? どういう意味だ?」

「なんかさ、もっと他の人呼んでもいいのにって思って。もっと話が面白くてさ、もっと……綺麗で可愛い女の子とかさ」

「お前、なにやさぐれてんだ?」

「べ、べつにやさぐれてないし」

「月島は十分面白いぞ。俺の話を理解してくれるし興味を持ってくれる。頭の回転もいいから、話のキャッチボールも楽だ。俺は同世代の人間で月島のようなヤツに、これまで会ったことがない。まあ同世代の友達もいないんだけどな」

「それって、褒めてくれてるの?」

「褒めてるつもりだ。それに……」

「?」

 今度は宝生君が言い淀んだ。

「お前、そんなに悪くないぞ。今日だって化粧して……その、いいと思う」

 彼の頬が、紅潮している。
 照れながら、精一杯褒めてくれているのがわかる。
 私の顔も赤くなっているのが、自分でもわかった。

「ど、どうせ体の凹凸が、とか言うんでしょ?」

「ん? あ、ああ、そうだな。それは否定できないな」

「もー……」

 これは私の照れ隠しだ。
 
 花火は後半戦が始まった。
 色とりどりの、今度はいろんな形の花火が打ち上がった。
 迫力があって、本当に綺麗だ。

 お父さんにも、見せてあげたいな。
 それに……お母さんにも……。

 だめだ、せっかく思い出さないようにしてたのに。
 宝生君と花火を楽しもうって決めてたのに。

 花火は最後のクライマックスを迎えていた。
 そして最後の大玉が大きく弾けたのを、私はぼやけた視界の中でとらえていた。

「月島、どうした?」

「え? 何が?」

「大丈夫か?」

「うん、大丈夫だよ。終わっちゃったね」

「ならどうして泣いている?」

「え……」

 どうやら私は泣いていたようだ。
 本当だ、目から水が溢れ出してくる。
 どんどん流れて出してくる涙が止まらない。

「あれ……どうして……」

「落ち着け。なにか悲しかったのか?」

 宝生君はすぐ隣に来てくれて、私の顔を心配そうに見つめてくれている。

「ご、ごめんね。やっぱりお母さんのこと、思い出しちゃって……」

「そうだったんだな」

「お母さんね、花火大好きだったんだ。この花火大会も、毎年見に行ってた」

 私は鼻をすすりながら続ける。

「でも最後の方はさすがに外出ができなくなって……そう、ちょうど3年前の今頃だね。病院の窓からお父さんと3人でこの花火大会を眺めていたんだ。本当は病院の面会時間なんかとっくに過ぎてたんだけど、看護師さんが特別だよって言ってくれて。こんなに大きく見えなかったけどね」

 宝生君は黙って話を聞いてくれている。

「その時はもう末期でね。意識もとぎれとぎれだったんだけど……窓から花火を見ながら『ああ、きれいだね』って、はっきり言ったんだ。私達にも聞こえるくらいに」

 私はなかなか涙を止められない。

「それから1週間ぐらいあとだったかな。お母さんが亡くなったの。だから去年もおととしも、この花火見てないんだ。なんだか辛くって」

「お前……どうして言わなかったんだ? そんなの辛いに決まってるだろう」

「私ねっ……それでも見たかったんだよ。この花火、宝生君と」

「月島……」

 私はしゃくりあげていた。
 小さな嗚咽をこらえきれない。

「私が見たかったのっ。でもごめんね。泣いたりして」

「気にするな。我慢するな。好きなだけ泣けばいい」

 彼は私の背中に手を当ててくれた。

「すまない。本当は抱きしめたやりたいんだが……それが正しいかどうかわからない」

「いいよっ。こうして側にいてくれるだけで、十分だよっ。ありがとう」

 私の嗚咽はとまらなかった。
 彼は私が泣いているあいだ、隣でずっと私の背中をさすってくれていた。

 本当は抱きしめてほしかった。
 何も言わず、抱きしめてほしかった。
 そんな本音を隠しながら、私は涙を収めるのに必死だった。
 背中に彼の温かい手のぬくもりを感じながら。
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