イケメン御曹司とは席替えで隣になっても、これ以上何も起こらないはずだった。

No.08:Lime交換

「そうだ、連絡取るんだったら、スマホで便利なアプリがあるぞ」

「なに?」

「緑色の画面のアプリでな。Limeって知ってるか?」

「……そのシリーズ、あなたの持ちネタなの? Lime使ってない高校生なんて、多分いないわよ」

 まあマクドに行ったことないっていう時点で、普通の高校生ではないだろうけど。
 あれ? でも……

「Limeする友達はいるんだね」

「……」

「いないの?」
 言ってはいけなかったようだ。

「……Limeは吉岡と西山との連絡用に使ってる」

「誰それ? クラスにはいないよね?」

「ああ、吉岡は俺の教育係で、西山は運転手兼SPだ。西山は今、ここから見える所にいるぞ」

「え、うそ」

「本当だ。気づかなかったか」

 私はマクドの中をもう一度見渡した。
 確かに人がたくさんいるが、SPらしき人は見当たらない。

「わかんないよ」

「まあ彼は気配を消すのも仕事のうちだからな」

「どんな仕事なのよ……」

 彼はポケットからスマホを取り出した。
 最新の高級機種だった。

「登録の仕方、わかるか?」

「もちろん。QRコード出してくれる?」

「……どうやって、やるんだ?」

「……ちょっと貸して」

 私は彼のスマホを借りて、Limeのアイコンをタップする。
 彼のQRコードを出して、私のスマホで読み込んだ。

「おお、3人目の友達が登録されたぞ」

「私で3人目なの? どんだけ友達いないのよ。ご両親はやらないの?」

「親父はやらないな。母親はいない」

「えっ?」

「ん? ああ、母親は俺が5歳の時に亡くなった。白血病でな。」

「そうだったんだ……」

「月島はご両親とLimeとかするのか?」

「父親とはね。私も母親は亡くなってるんだ」

「そうなのか?」

「うん、中2のときにね。末期がんだった」

「そうか……辛かったな」

「……宝生君もでしょ?」

「俺の場合、まだ小さかったからな。母親の記憶がほとんどないんだ。庭で一緒に遊んでもらったのを、なんとなく覚えている程度。あと病院のベッドで寝てるところとかな」

「そうなんだね」

 お互い母親は、もうこの世にはいなかった。
 私は勝手に変なシンパシーを感じていた。

「マクドだけじゃなくて、いろんな所の無料券がある。期限切れになると勿体ないし、また一緒に行ってくれるか?」

「……私でよければ、付き合うけど……」

「そうか、じゃあまた連絡する」

 そういうと、嬉しそうにイケメンスマイルを私に向けてきた。
 心臓に悪いので、やめて欲しい……。

 彼は立ち上がり、そのまま帰ろうとする。

「ちょっと、片付けなさいよ」

「ん? 自分で片付けるのか?」

「マクドはそうなのよ。もう……私がやるからいいけど……」

 私はトレイを持ってゴミ箱へ行き、ゴミを捨てた。

「ありがとう」

「うん、次回一人で来たときは、覚えておいてね」

「ああ……まあ一人で来ることはないと思うが」

「……それって次回以降も、私にやれってこと?」

「いや、次回は俺がやろう」

 2人で出口を抜け、マクドの外に出た。

「それじゃあな」

「うん。ありがとう。いろいろとご馳走さまでした」

 私は小さくお辞儀をする。
 
「ん? あ、いや……」

 なぜか彼は意表をつかれたような表情をした。

「? 私、なにか変なこと言った?」

「そんな風に礼を言われたことが、今までなかったからな。ちょっと驚いた」

 つまりデートしても奢ってもらって当然、みたいな女としか付き合ったことないってことかな?

「今までどんな女の人と付き合ってきたのよ」

「……確かにロクでもなかったな」

「ロクでもないって……」

 それ以上は聞きたいような、聞きたくないような……。
 やっぱり聞きたくなかったので、話を切ることにした。

「じゃあ帰ろっか。それじゃあまたね」

「ああ、またな」

 私はマクドを後にした。
 今日の夜は家で何を作ろうか……私は冷蔵庫の中身を、頭の中で確認していた。
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