イケメン御曹司とは席替えで隣になっても、これ以上何も起こらないはずだった。

No.09:面白いやつ

「面白いやつだな」

 俺はマクドの帰りに、西山が運転する車の後部座席で独りごちた。

「秀一様、楽しそうでしたね」

「そうか?」

「あんなに楽しそうな秀一様、久しぶりに見ました」

 西山は運転席から、軽口をきいてくる。
 でも確かにそうかもしれない。

「可愛い女の子でしたね」

「可愛い? あれがか?」

「まあ今までの秀一様のタイプとはちょっと違いますが、清純で真面目そうな子でしたよね」

 確かに……あの頃の俺はロクでもなかったからな。
 ヤレる相手なら、誰でもよかった。

 
 宝生グループは、もともと俺の祖父が営んでいた建設業が発祥だ。
 俺の親父で2代目、一応俺が3代目になる予定だ。

 先代が大きくした会社は、親父の代で飛躍的に拡大した。
 今や100円ショップの経営から、発電所の建設まで手掛ける一大企業体に成長した。
 中核会社の宝生ホールディングスは東証プライム上場企業で、時価総額は3兆円を超える。

 幼少期に母親を亡くした俺は、とにかく甘やかされて育てられた。
 小学校時代は世話係に生活の面倒を見てもらい、吉岡がずっと教育係だった。

 中学に入ると、いろんな女性が俺に寄ってくるようになった。
 初体験は中2のとき。
 相手は若い使用人で、向こうから迫ってきた。
 避妊具の使い方を教え込まれたのが、唯一の勉強材料だった。

 その後も何人かの女性と関係を持った。
 使用人、出入りの業者の女性、旅行先で出会った女性、等々……。
 まさに発情したサル状態だ。
 親父に見つかると、こっぴどく叱られた。
 相手の使用人や業者の女性は、クビになったり出入り禁止になったりした。

 転機が訪れたのは、高校に入ってからだ。

「遊んでばかりいないで、経営実務の勉強をしろ」

 親父からそう言われて、学校の勉強以外にも経営実務の勉強に拍車がかかった。
 もともと中学のときから、そういった勉強はさせられていた。
 ところが高校に入ると、教育係の吉岡の熱がさらにヒートアップした。

 高1の冬から、仕事の一部を手伝うようになった。
 具体的には、企業買収の意思決定プロセスだ。

 もともと宝生グループは、大型の企業買収を繰り返してここまで成長した。
 そして今後もそのスタンスは変わらない。

 俺に任されたのは中小の優良企業を見出し、買収して育てる。
 実際に案件を持ってくるのは、現場の連中だ。
 そして宝生グループの一画として育てるか、将来さらに良い条件で売却する。
 さまざまな案件が社内稟議(りんぎ)システムを通して上げられてくる。
 俺はそれらをチェックし、最終意思決定部分を任されている。

 とはいっても規模の制限がある。
 どんなに大きくても、1投資5億円まで。
 それ以上は、本体の決済が必要だ。
 この程度の金額であれば、宝生グループとしては些少な金額だ。
 つまり小さい金額で勉強し、実務経験を積め、ということだろう。

 俺はこの仕事にのめり込んだ。
 1件成約ごとに、将来的に数千万円、あるいは億単位の利益が見込める。
 下手なゲームや女遊びなんかより、ずっとスリルがあって面白い。
 それに収益状況に応じて、俺個人に成功報酬も入ってくる。
 まさに趣味と実益を兼ねたアルバイトだ。

 そうは言っても、勉強しなければいけないことも多い。
 俺は企業の財務諸表ぐらいは、かなり読み込めるようになっていた。
 ただ業界特有の知識等を吸収するには、常に勉強をしていかないといけない。
 参考図書は自宅にもあるが、いくつかの資料を斜め読みするには図書館が最適だ。
 俺は学校帰りや休日に、図書館に行く回数が増えた。

 でもまさかあんな形で、クラスメートに会うとは思ってもいなかった。

『これ、お前のか?』
 
『そ、そうだけど……』

 俺の靴の裏に張り付いた物体をかざしながら聞くと、彼女はそう言った。
 ミドルの黒髪、クリっとした二重まぶたの目元。
 まだあどけなさが全面に残る顔立ちだが、笑うとできるエクボが愛らしい。
 月島華恋。
 俺のクラスメートだった。 

 面白いヤツだった。
 俺に全く媚を売るところがない。
 それだけでも新鮮だった。

 それどころか「お前」と呼ぶと、名前で呼べと文句を言ってくる。
 自分が俺のことを「あんた」と呼んでいるのにも関わらずだ。
 どうも自覚がないようだが……。

 今日も一緒に生まれて初めてマクドに行った。
 いろいろと勉強になった。
 月島も母親がいないらしい。
 変な共通点だな。

 マクドで食べる時、両手を合わせて小さな声でいただきますと言った。
 帰るときには、ご馳走さまでしたと頭を下げた。

 俺はいままでそんな女、見たことがなかった。
 お金を持ってるんだから、ご馳走してもらって当然。
 そんな女ばかりだったから。

 小柄で体の凹凸もなく、俺が以前関係を持った女たちとは正反対だ。
 俺の好みとは全然違う。
 それでも俺は今度アイツと、いつ、どこに行こうか……車の中でそんなことを考えていた。
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