ハッピーエンドのその先も。


「……姫依、やっぱり何かあった?」
「え……? えっと、何が?」
「今日一日、何だか思い詰めた顔してるからさ」
「あー……ええと、さっきの……」
「さっきの女の子達のことかと思ったけど、その前からだし……」
「……」

 デート終盤、ロマンチックな夕暮れのテーマパーク。彼に手を引かれエスコートされて乗り込んだのは、園内を一望出来る大観覧車だった。
 向い合わせに座り、ようやく二人きりになったところで彼から告げられた、その言葉。
 わたしはそんなにも分かりやすい顔をして居たのか。癖でヘアピンを弄ろうとして、そこに何もないことに気付いて我ながら苦笑する。

「何か、話しにくいこと?」
「……、え……と」

 そんなに優しい顔で見ないで欲しい。たくさん甘やかしてくれて、たくさんわたしのことを考えてくれる、世界一の恋人だ。
 今日は最初から自分勝手な別れ話をしに来たなんて、言える訳がない。
 わたしの沈黙に、結斗くんは話題を変えるように、不意にポケットから小さな箱を取り出した。

「あのさ、これ……」
「……? なあに?」
「開けてみて」

 あのヘアピンに似た赤いリボンのかけられた、可愛らしい小箱。促されるまま受け取り開けると、中にはティアラを模したシルバーの指輪が入っていた。

「え……」
「今日、三ヶ月の記念日だからさ。姫依にプレゼント。昔あげたリボンのピンも可愛かったけど……今度こそ、お姫様のティアラを、きみに贈りたくて」

 そう言って、彼がわたしの手を取って、まるで結婚式のように薬指にその指輪を嵌めようとする。
 窓から差し込む沈みかけの夕陽が色素の薄い彼の髪を美しく照らし、宝石みたいな瞳は熱を帯びる。
 女の子なら誰でも憧れるような、映画のワンシーンのようなその光景。しかしわたしは咄嗟に、その手を引っ込めてしまった。

「姫依……?」
「ご、めんなさい……でも、わたし、お姫様なんかじゃない……」
「姫依は俺のお姫様だよ」
「ううん……わたしは、お姫様になんかなれないよ!」

 思わず大きな声を出してしまい、慌てて口を塞ぐ。けれど結斗くんは優しく宥めるような声音で、続きを促した。

「どうして、そう思うの?」
「……だって、わたし、こんなだし……それに、絵本なら、王子様と結ばれてハッピーエンドでしょう? ……その先なんて、あると思ってなかったの……」
「その先、って、今のこと?」
「うん……今は、ハッピーエンドの続き……とっても幸せ。……でも、いつか、この幸せが壊れちゃうのが、怖いの……」

 ついに口にしてしまった不安。本音を言葉にすると、涙が勝手に滲むのは何故だろう。俯くわたしの泣きそうな横顔も、観覧車のガラスに映し出されてしまう。

「うーん……『こんな』か。姫依は『こんな』に可愛くて、今が怖くなるほど幸せって伝えてくれる良い子なのに?」
「……いいこなんかじゃない。わたしは、どっちかというと王子様に呪いを掛ける悪い魔女で……」
「はは、姫依の呪いならいくらでも歓迎するよ」
「ダメなの!」

 わたしの不安を笑って包み込もうとしてくれる彼に、嬉しくもあり、悔しさも感じた。わたしの真剣な悩みを、完璧な彼はきっとわかってくれない。

「とにかく、わたし……もう、結斗くんの傍には……」
「……、……それって、別れたいってこと?」
「……う、ん……」

 ついに、言ってしまった。
 響くのはゴンドラの稼働音と風の音だけ。まだ観覧車は四分の一しか進んでいない。解放まで遠い密室。重苦しい静寂が、やけに痛い。
 けれどしばらくして、先程彼を振り払ってしまったわたしの手を、彼は再びそっと握った。

「……もしも今、このままこの手を離して、きみがもう二度と俺に会わないようにと遠く逃げて、北と南に別れてしまっても……俺は地球の裏側でまた姫依と出会うよ」
「え……?」
「……西と東でも同じ。何度離れても、何度だってお姫様を迎えに行く。終わりなんて来ない。俺が終わらせない。……そうしたら、何度でも出会った俺に、一からまた恋をしてくれる?」
「……」

 予想外の返答に、思わず呆然としてしまう。いつかの終わりが怖いなら、終わりが来る前に何度でも最初からやり直そうと言うことだろうか。突拍子もない解決策に、思わず戸惑いが隠せない。

「なに、それ……」
「ダメだった? それじゃあ……やっぱりお別れなんて、受け入れたくないな」
「でも……」
「俺は姫依のこと、小さい頃からずっとずっと大好きなんだ……それはこの先も、変わらないよ」
「そんなの、わかんないよ……ずっとなんて、永遠なんてない」

 仲睦まじかったはずの両親だって、そうだった。絵本のお姫様だって、その先どうなるか描かれていない。
 それは、その先にそれ以上の幸せなんてなかったってことでしょう?

「なら、何度も重ねればいいよ」
「え……」
「ずっとがないなら、二人で幸せの瞬間を重ねていこう? そうすれば、不安な遠い未来じゃなくて、俺達には幸せな今ばかりだ」

 握られた掌の熱と、真っ直ぐに向けられる視線。彼の好意が嘘じゃないと、痛いくらいに伝わる。こんな面倒なことを言うわたしを諦めないと、全身で語り掛けてくる。
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