大嫌い同士の大恋愛
「――……こ、江陽……?」

 何で、いるの?

 そう言いたかったけれど、次には、すさまじい力で片桐さんの腕の中から引きずり出された。
「――……何してんだよ」
「ちょっ……江陽!離してよ!」
 血相を変えた江陽は、私の腕を引きサンプル室を出ると、大股で階段を下りて行く。
 もう、人がほとんどいない社内は、私の上がった息が響いている。
「こ、こう、よ、っ……!い、いった、ん、止ま……って……っ……!」
 さすがに、五階からの階段はキツい。
 けれど、ヤツは私の制止にも耳を貸さず、一気に一階まで下りた。

「――……帰るぞ」

 一瞬だけ立ち止まり、私をチラリと見下ろした江陽は、すぐに社員通用口から出ると、街灯が照らす、うっすらと明るい道を歩き出した。

「や、ま、ってっ……!」

 掴まれた腕が徐々に痛みを感じてくる。
「はな、してよっ、江陽!」
 それだけ叫ぶと、ハア、ハア、と、息切れ。
 すると、ヤツは、マンションへの道の途中のビルの隙間に、私を引きずるようにして入った。
 壁に押し付けられた背中に、強い痛みを感じ、顔をしかめる。
「な、何よっ……!」
「――男嫌いなんて、やっぱり、ウソだったんだな」
「嘘なんかじゃないわよ!」
 私が顔を上げて反論すると、眉を寄せた江陽の、無駄に端正な顔。
「――じゃあ、何でキスなんかしてんだ」
「あ、あれは、突然……」
「突然なら、できんのかよ」
「避けられないじゃない!」
「アイツに気ィ許してるからだろうが!」
 まるで、浮気を責められているような――傍から見たら、痴話げんか。
 私は、どうにか、江陽から逃れようともがいた。
「離してよ!」
「何で、アイツなんだよ!」
「関係無いじゃない!」
 掴まれた左腕が、いよいよ痛みを増してくる。
 私は、顔を歪ませ、叫んだ。

「痛いっ!離してっ……こうちゃん(・・・・・)っ!」

 瞬間、江陽の手の力が緩み、その隙を縫って私は駆け出す。

「――羽津紀っ!」

 私は、答える事無く、マンションへとダッシュで駆け込む。
 江陽が、追いかけて来る事は無かったけれど――。

「……痛い……」

 腕の痛みとは別に、胸の奥が痛かったのは――気のせいだ。
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