お嬢様は“いけないコト”がしたい
私が頑張っていたことを幸治君は知ってくれている。
だって私は幸治君に沢山沢山話していたから。
“中華料理屋 安部”のカウンターに座り、カウンターの向こう側に立つ幸治君に沢山沢山話していた。



そんな幸治君が嬉しそうな顔で私に笑い掛ける。
私のすぐ目の前に立ち、本当に嬉しそうな顔で・・・。
その顔を少しだけ赤らめ、照れた顔で私のことを見下ろしているのが駅の明かりで分かる。



「今日は羽鳥さんと久しぶりに会えて嬉しかったです。
それに羽鳥さんの誕生日の日にラーメン1杯と300円のハンカチですけどプレゼント出来たことも嬉しかったです。」



そんなことを本当に本当に嬉しそうな顔で伝えてくれる。



「駅まで羽鳥さんを送れたことも嬉しかったです。」



両手で握り締めたタオルハンカチ、それを握り締める両手にもっと力が入っていく。



「あの・・・俺、高校の時、羽鳥さんのこと凄く憧れてて。」



そう言いながら幸治君はゆっくりと下に視線を移した。
私が両手で握り締めているタオルハンカチに。



「あの・・・なんか、すみませんでした。」



そんな謝罪をされ、私は笑いながら小さく首を横に振った。



「可愛いハンカチ、ありがとう。
大切にするね。」



私の言葉に幸治君は安心したように頷き、私のことを真っ直ぐと見詰めてきた。



「31歳の誕生日、おめでとうございます。
まだ21時過ぎですし、誕生日の夜を楽しんでくださいね。」



そんなことを言ってくる。



お父さんとの予定しかなかった私に、そんなことを言ってくる。



社会人になっても22時には帰るようにしていた私に、それを知っている幸治君が“誕生日の夜を楽しんで”と言ってくる。



そんな言葉だけを残して、小さくお辞儀をした幸治君は私にゆっくりと背中を向けた。



初めて見たスーツ姿の幸治君の後ろ姿。



まるで別人のような後ろ姿。



大人の男の人になった後ろ姿。



そんな幸治君の背中を見ながら、私は口を開いた。



幸治君にだけは開ける私の口を昔のように開いた。



「幸治君。」



小さな声で幸治君を呼んだけれど、幸治君はパッと私に振り向いた。



すぐに振り向いてくれた。



オフィス街の中、私に振り向いてくれた幸治君に言う。



幸治君にだけは言えるから、私が思っていることを今日も言う。



「私、お酒が飲んでみたい。
付き合ってよ、まだ金曜日の夜は続いてるからいいでしょ?」



お酒は飲んではいけないと教育されていた私が、幸治君にそう言った。
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