玉響の花雫 壱

返事をしたいのに震えてうまく
声が出ない‥‥どうしよう‥‥‥


『あっ！！筒井さん！！
　お疲れ様ですぅ！』


ﾄﾞｸﾝ

せっかく早く部署から出てきたのに、
モタモタしていたせいで簡単に
追いつかれてしまった


『八木さん、お疲れ様です。』


『どうぞ乗ってくださぁい。』


さっきとは違う甘い声色に
俯いたまま顔をあげられないでいると
背中に手を添えられてそのまま
一緒にエレベーターに乗せられて
しまった。


『何階ですかぁ？』

『ああ‥自分で押しますので
　ありがとうございます。』


筒井さんが地下一階のボタンを押すと
ドアが閉まり、気まずい私は左端で
ずっと俯いていた。


『ふふ、お車なんですね。これから
　お時間あったら一緒にご飯でも
　行きません？』


ﾄﾞｸﾝ


嫌だ‥‥‥。2人のこんな会話を
聞きたくないし早く降りないと‥‥。


1階到着の合図にドアが開くと
そこから降りて2人にお辞儀をした。


「お疲れ様でした。失礼します。」

『‥‥井崎さ』
『お疲れ様。』


これ以上ここにいたくなくて、
背を向けて歩き出した。
筒井さんが誰とご飯に行こうが
私なんて口出しできる立場じゃない‥。


こんな事で不安定になる自分よりも、
筒井さんには大人の女性がお似合いだ


「はぁ‥‥疲れた‥‥。」


駅から降りてスーパーに寄り、
ドラッグストアで染み抜き専用の
洗剤を買った後、家までの坂道を
ゆっくり歩いていた


なんかどっと疲れてしまった‥‥。
今日はもう簡単なご飯で済ませよう‥。



『遅かったな。』


えっ！？


色々考えながら坂を登り切ると、
マンションの前に見慣れた車が
停まっていて、筒井さんが
車の外で煙草を吸っていた


「‥‥‥なんでいるんですか？」


『なんで？お前が
　1人で勝手に帰るからだろう？』


勝手にって‥‥
約束だってしてないのに‥‥


「や、八木さんとご飯に行かれなくて
　良かったんですか？誘われてましたし
　八木さんも一階で降りられなかった
　ので、お2人で食事に行ったと思って
　ました‥‥」


『俺は拓巳に井崎さんに
　用事があるから捕まえといてって
　言ったんだけど伝わってなかった？』


少し低い声で話す筒井さんが怖くて
思わさん視線を逸らしてしまう


どうしよう‥‥怒ってる‥‥‥


『話があるから少しだけ乗ってくれ』


「‥‥はい」


上司命令を無視して帰った部下が
叱られるのなんてわかってはいても、
車に乗らずに家に逃げ込みたかった