春待月の一夜のこと
自分で言っておいてなんだが、きっとこの男は待つことが出来ないだろう。これから先も事あるごとに、己の気持ちを伝えては真帆からの“好き”という返しを引き出そうと画策するのだろう。
絶対に流されてやるものかという気持ちが一番だが、その奥に薄っすらとあるのは――きっといつか、流されてしまう日が来るのだろうなという、ちょっぴり悔しさの混じる予感。

それは勢いで流されるのではなくて、自分の意思で流されてもいいと思える日が来ることの予感だ。
今もまだ、心の中には彼がいる。深い傷と一緒に、その姿は残り続けている。

でもそれは、そう遠くない未来に、もう胸が痛むことはない過去の傷へと変わるだろう。
田辺がきっと、変えてくれるのだろう。
何度も繰り返すその“好きだ”という気持ちが、本物であるのならば。


「なに?ひとの顔じっと見て」

「……別に」


なぜかふふっと楽しげに笑った田辺が、上機嫌にグラスを傾ける。


「田中さんから嬉しい言葉が聞けるのは、そう遠くなさそうだなー」


ああ悔しい、嬉しそうな顔がとっても悔しい。でも、田辺がどういう人なのか、何が好きで何が苦手なのか、そんな何でもないことも全部含めて、もっと田辺のことを知りたいと思ってしまっている時点で、きっと田辺の言う通りなのだろう。
その日は、きっと遠くない――。
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