『愛のため、さよならと言おう』- KAKKO(喝火) -
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「いつからの付き合いなんだ、その女とは」

「もう少しで3年になります」

「部下ということだが、その相手は仕事はどうだ」


「中途採用されたくらいですから仕事はできます。
 特に営業力には目を見張るものがあります」

「今の石田貴金属(株)の今後の展望を考えた時、大きく飛躍するのに
役立ちそうかね」


「営業の率先力としては魅力的ですね。
 彼女との今のような拘わりがなければ辞めるに際して
引き抜きたいくらいには」




「今の会社を何倍も大きくしてくれることを私はお前に期待してる。
 その何て言ったかな、女性」



「伊達百合子です」



「伊達さんを引き抜いたらいいじゃないか。
 もちろん今の会社にもろバレしないような形でな」




「しかし……」


「伊達も子供も引き取って、子守はどこぞで雇ってもいい、うちの会社の
率先力になってもらえばいい」


「いや、ですが、百子が……」


「百子さんにはたくさんの手切れ金を渡して、別れてもらえばいい」




 俺は一瞬訳が分からなかった。
 目の前のじいさんは何を言っているのか。


 百子と子供たちと離婚して伊達百合子と結婚しろと? 本気か?


 こんなことをしていいはずがあるまい。

 年のせいで父親は頭がおかしくなっているのかもしれない。

 そう思いながら解せぬ思いを引きずり俺は即答を避けその日帰路についた。




          ◇ ◇ ◇ ◇




『こんな理不尽なことをしていいはずがない』

 その思いは消えないものの時間が経つにつれ気持ちに変化が出てきた。


 会社を引き継ぐという実感が大きくなるにつけ
『こんな理不尽なことをしていいはずがない』

という気持ちの比重が小さくなっていくのを俺は感じた。




 会社を大きくして莫大な利益を得る、富を得たいという気持ちが膨らむのを
止められなくなっていき、妻と子らに対する気持との均衡が破れ、欲の方が
大きくなった日に俺は百子に別れを告げることを決心した。


         ――――――――――――――――


 これまで全ての収入を妻の百子にもガラス張りにし、家計を自由に任せてきた。
そのように金に対して鷹揚だった伸之が、はたとここにきて会社という桁の違う器を
見せられたことで変なスイッチが入ってしまったのだった。




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