『愛のため、さよならと言おう』- KAKKO(喝火) -
44♡山下の恋心


「石田さん、洋服……チョコが付いてませんか?」

「あちゃあ~、付いてますねー。
 これ作ったばかりのチュニックなのにぃ~」


「えーっ、ご自分で縫われたんですか?」

「難しいプロが作るような洋服は不勉強なので作れないんですけど、
簡単なものは縫うのが好きなんですよ。

 袖丈やら丈を自分好みに調節できますから。

 既製服って袖丈が長いものが圧倒的に多くて困るんですよね。

 家事する時って少し短めのほうが動きやすいので、それで自分で
作るようになったんです。

 枕カバーなんかも作っちゃいますよ」



「いいですねー。自分で作るのなら好きな生地で作れますよね」


「そうなんです。子供たちには好きなアニメのキャラクター生地で作ったり」


「石田さんは素敵なお母さんなんだ」


「ふふっ、素敵な妻にはなれませんでしたけどね」



「そんなことないですよ。
 僕だったら石田さんみたいな素敵な人が奥さんだったら大切にしますよ」


「「……」」


「僕、何言ってんでしょうね、ハハっ。
 今の聞かなかったことにして下さい」


「いーえ、両耳がしっかり聞きましたよ。
 誉めていただいてありがとうございます」


「あー、はははっ。いえいえ」

 つい、本心が口をついて出てしまい焦ったけれど、石田さんのフォローの
お蔭で白けなくてほっとした。


 片手で余るほどしか会ったことのない相手に恋するなんて
俺は変人なのだろうか。


 その日を境に山下は石田百子のことを以前にも増して仄かに想うように
なっていくのだった。

          ◇ ◇ ◇ ◇



 彼女の自伝小説を読んだ限りでは確か石田さんはまだ人妻のはず。

 そんな女性(ひと)に好意を寄せるなんて
『わぁ~、俺は変態なんだぁ~』

と山下が悶えていた夜があっただなんて……百子は知るよしもなかった。


 そんなふたりの間をゆるりと梅雨が過ぎゆき、夏真っただ中へと
季節は移り変わってゆくのだった。


そして山下と百子が仕事絡みで出会って3度目の冬を迎えた時だった。


         
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