『愛のため、さよならと言おう』- KAKKO(喝火) -
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「山下さんありがとうございます。
 素敵な山下さんから告白してもらってとても素直にうれしいです。

 こちらこそずーっとずーっと仲良くしてくださいね。
 先のことは娘や息子たちと相談して結論を出したいと思います」



「ほっとしました。あはは」

 ほんとにほっとしたような苦笑いのような山下さんの『あはは』だった。

「あっ、ちょっと失礼します」
 
 そう山下さんが私の頭の上に視線を移して言ったものだから私の髪の毛に
何かが付いてしまっているのを取ってくれるの? かなと思い私は頭上を
気にしつつも、目に埃が入るのを防ぐ為少し目を閉じた。


 けれど私の頭上には何も起こらず気がつくと私の身体は彼の腕の中にいた。

 そして耳元では彼の囁きが……。

「ありがとうございます。うれしいです。ほっとしました」

 山下は若者でもあるまいしいい年をしてこんな駅の改札口近くで
柱の陰とはいえ、見える者には見えるような場所で、己が愛しい女性を
抱擁する日がこようとは……どれだけ百子のOKがうれしかったのかを
改めて思い知った。


 それはほんの短くて緩い抱擁だった。
 でも山下にとって今まで生きてきた中でとても貴重で大切な瞬間だった。

「すみません、嬉し過ぎてつい。また連絡します。
 今日はお疲れさまでした」


「お疲れさまでした。さよなら」

 二人は照れくささに包まれながら日常とかけ離れた恋する者たちだけが
受け取れる甘美な時間を共有しつつ別れの挨拶を交わした。

          ◇ ◇ ◇ ◇


 改札口で彼と別れ、私は幸福感に包まれて電車に飛び乗った。

『きゃあ~すごいっ』
 まさか山下さんから告白されるなんて思ってなかった。


っていうか、この先の人生、山下さんとは親しくさせてもらっているから
時々は何か誘ってもらえるのかな、くらいには彼のこと気にしていたけども。


 思わず
『私みたいなおばさんでいいの?』
って口から出そうになるのを必死で止めるのに苦労した。

 彼が選んでくれたのにそんな愚問失礼だものね。
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