如月日記物語
嫌いな洋日配のおばさんのこと
私には、嫌いで嫌いでたまらない、職場をやめてほしいと思ってる洋日配のおばさんがいます。
(仮にこのおばさんをOとする。)
子持ち主婦とは、楽しく話すが、独身である私とはそっけない態度になるいわゆる差別ババアと呼んでいる。
そんなに気に入らないならやめればいい話なのに。
私を空気扱いし、挨拶も無視、会話も私がいても空気
私が発達障害者だからとバカにされてるのは、前々からわかってる。
結婚して子持ちが一番えらいと思ってる勘違いおばさんと私は、あだ名をつけて心の中で呼んでる。
このおばさんに言ってやりたいことただ一つ
人間は、結婚や子持ちだけが幸せじゃないんだということだ。
5.男子バレー人気はすごい
私は、小さいころからバレーボール観戦が好きだ。女子も男子も問わず見ていた。
好きなポジションは、リベロとセッターだ。
縁の下の力持ちの存在でボールを拾って、チームに貢献する。私は、たまらず好きなのだ。
母親にバレーボール観戦に連れてってもらった時、バックアタックの衝撃がすごくて感動したのは
今でも忘れては、いない。
母から「龍神ニッポン、火の鳥ニッポンという名称なくなって、寂しい。」と聞かされ、私も寂しかった。
「龍神」「火の鳥」ってあればどの競技のことかすぐわかるし、カッコいい名称だったのになー!
高橋藍選手の誕生日は、日付が変わるまで起きて、日付が変わったらSNSでお誕生日おめでとうとお祝いする。
零時ちょうどお祝いしたくてワクワクして眠れなかった。
まるで明日、大好きな彼氏とのデートのような気分だった。
6.オクラの形
野菜のオクラってすごく好き。
星型みたいでかわいいから好き!
ゆでて梅とかつぶしと和えてもおいしい、お味噌汁に入れてもおいしい
納豆は、嫌いだが、オクラは、大好き。
7.2024年10月5日
今日、すごく魅力的なバスの運転手さんに出会った。
横顔だけ見ただけですごく素敵な方とわかる。
誠実的でとてもいい人だった。
歌舞伎俳優にいそうな感じの顔たちで、本当に素敵としか出てこない
名前、年齢など想像しただけで胸がきゅんと高鳴る。
8、2024年10月15日
町は、かぼちゃや黒猫であふれかえり、もうすぐハロウィンらしい。
お菓子もごはんもハロウィンになってて、本当にたのしい。
9、2025年5月8日
私は、2025年2月付で長年務めてたスーパーを退職した。理由としては、あの洋日配の差別ババアから
「うざい」と言われたからだ。
朝、普通に挨拶しただけなのに、ただそれだけなのに「うざい」と言ってきだのだ。
私は、1週間、職場を休んだ。もう心がSOSを出してるかもしれないくらいやばかった。
就労支援の人にも「退職をします」と相談した。最初は、止めるかもしれないと覚悟はしたのだが
「そうですか。」と返事がきた。
もしかしたら、仏様が「よく頑張ったから退職したって罰は当たりはしないよ」と言ってるかもしれなかった。
そして、店長に「退職します。お世話になりました。」と話した。こちらもまた止めるかもしれないと
思ったのだが、店長も「わかった」とだけだった。
本当に仏様が「退職して新しい道を進めばいいよ。」と言ってるかのようだった。
3月15日付で退職手続きすることになり、1カ月は、有休をとって、3月15日に退職手続きをして、制服もクリーニングに出して、
クリーニングされた制服を返して、見事に退職した。
あの大嫌いな洋日配のOさんへ一言言えるなら「大嫌いな私、障害者で面倒くさい私が退職して本当に良かったね。
これであなたは、心置きなくスーパーでパート続けられるよ。ざまぁ」と言いたい。
10,最近の酷暑について思う
毎年、毎年、酷暑がひどいったらありゃしない。日傘しなければ頭が焦げそう暑さかもしれん。
昼間に出かけるのが億劫。夕方になってみれば、ひぐらし鳴き声が涼しく聞こえ、ひぐらしの鳴き声を聴きながら散歩するのが密かに好き。
歩いているとお隣さんが柴犬の散歩してるのを遭遇し、挨拶かわした。
飼い犬の柴は、私を見て、まるで「撫でて!撫でて!」と言ってるようだ。
「暑いね。おばあちゃん、お元気?」
「はい。毎日、テレビ見てクイズ番組見て脳トレしたり、歌謡番組見て、歌ったりしてますよ。」
私の回答にお隣さんは、安心して微笑んだ。
お隣さんの隣で柴犬が「早く!私に構って」とハッハッハ!と言って、私が撫でてくれるのを待ち望んでいる。
「よしよし~。いい子だねー!可愛いね!賢いね!」
まるでその言葉を待ってました!とばかり、柴犬は、かなり喜んだ。
お隣さんと別れ、私は、一回り散歩して行った。
夏は、ひぐらしの鳴き声を聞くのが密かな楽しみである。
11.憎たらしいリスト
夏の憎たらしいリスト作ったら、きっと、私の場合は、キリがないと思う。6月は、ムカデ。山でずっと暮らせぱいいのに家に入ってきて、人間を恐怖へ落とす。家に入れば最後なのになぜ入るんだ!と憎たらしくてたまらん。
6月になれば浴室にムカデ出るのが嫌で、父に殺虫剤持たせて待機させていた幼き日を思い出す。
今は、出れば容赦なく熱湯シャワーかけてる。
嫌いな人を思い浮かべながらやるとスカッとする。
小蝿。小さいのがちょろちょろして、鬱陶しったらありゃしない!
毎年、小蝿の殺虫剤何本使うか密かに数えていたりする。
もう少し繁殖能力が低かったら、多少なりとも良かったのにと考えたりする。
12.子供と日傘
最近の猛暑で子供も日傘さして歩くの見かける。小さな体で大きなをさして歩く姿は、まるで小人か妖精を見てるかのように可愛いらしい。
一生懸命、母親について歩くからなおさら、愛くるしい。
平成時代、子供は、思い切り日焼けして、思いきり駆け回って遊んだ。川釣りしたり、カエル捕まえたり、時には、プールで体冷えるまで遊んだ。
そんな時代が懐かしい。
今、この令和の夏、子供たちは、日傘さして歩く。
それは、それで可愛い!
13.大好きだけど憎いもの
ミントの葉っぱは、爽やかでおしゃれでかわいらしいが、1歩間違えれば憎いものに変わる。
我が家の庭には、ミントの楽園かとくらいミントが生えてる。
ちいさなちいさな植木鉢にちょこんと生えているくらいがちょうどよい。
我が家ではミントをフレグランスにしたり、ハーブティーにして多少なりとも愉しむ。
実家へ帰省した際、庭に嫌なくらいミントの楽園が広がり、年子の兄さまが
「ミント撲滅強化月間に入ったぞ。」
と勝手に1人で騒いでミントを狩っている姿をわずかながらに目撃した。
14.バスの運転手
タイヤが縁石を擦りそうなほど手慣れた手つきで、大型バスを操る女性運転手だった。
一見すれば頼もしい職人技なのだが、彼女の口から発せられるアナウンスは、どうにもトゲが尖っている。「黄色の線の内側まで下がってください!」という声は、指導というより叱責に近く、車内には終始ひりついた空気が漂っていた。
さらに気分の不調を決定づけたのは、バスを降りるときの「挨拶」の差だった。
前のドアから降りていく客の背中に向けられる「ありがとうございました」の声。身なりのきちんとした中年男性や、愛想よく会釈をした客には、車内に響き渡るほどの明瞭なトゲのない声が掛けられる。一方で、少しもたつきながら小銭を払った若者や、何も言わずに降りようとした客には、聞こえるか聞こえないかほどの低く短い鼻声が返されるか、あるいは完全な無言だった。
あからさまな選別だった。
自分の番が近づくにつれ、妙な緊張感が胸を締め付ける。まるで審査員の前で採点されるような心地でICカードをタッチし、できるだけ丁寧な動作で「ありがとうございます」と声をかけて下車した。
頭上で聞こえたのは、どこか冷ややかな、作業的な「どうも」。
バスを見送りながら、胸の奥になんとも言えない苦い後味が残った。
安全運行という重責を担い、荒波のような交通状況と戦うプロとしての苦労は察するに余りある。だが、ほんの少しの言葉の強弱や挨拶の温冷に、人間のささやかな悪意や区別が見え隠れするとき、乗客の心はふっと冷えてしまう。
あの一声ひとつで、乗客の一日の始まりや終わりが少しだけ灰色のグラデーションに染まることを、あの凛々しいハンドルさばきの主は知っているのだろうか。車煙を吐いて去っていく大きな後ろ姿を、私はただ苦笑交じりに見送るしかなかった。
(仮にこのおばさんをOとする。)
子持ち主婦とは、楽しく話すが、独身である私とはそっけない態度になるいわゆる差別ババアと呼んでいる。
そんなに気に入らないならやめればいい話なのに。
私を空気扱いし、挨拶も無視、会話も私がいても空気
私が発達障害者だからとバカにされてるのは、前々からわかってる。
結婚して子持ちが一番えらいと思ってる勘違いおばさんと私は、あだ名をつけて心の中で呼んでる。
このおばさんに言ってやりたいことただ一つ
人間は、結婚や子持ちだけが幸せじゃないんだということだ。
5.男子バレー人気はすごい
私は、小さいころからバレーボール観戦が好きだ。女子も男子も問わず見ていた。
好きなポジションは、リベロとセッターだ。
縁の下の力持ちの存在でボールを拾って、チームに貢献する。私は、たまらず好きなのだ。
母親にバレーボール観戦に連れてってもらった時、バックアタックの衝撃がすごくて感動したのは
今でも忘れては、いない。
母から「龍神ニッポン、火の鳥ニッポンという名称なくなって、寂しい。」と聞かされ、私も寂しかった。
「龍神」「火の鳥」ってあればどの競技のことかすぐわかるし、カッコいい名称だったのになー!
高橋藍選手の誕生日は、日付が変わるまで起きて、日付が変わったらSNSでお誕生日おめでとうとお祝いする。
零時ちょうどお祝いしたくてワクワクして眠れなかった。
まるで明日、大好きな彼氏とのデートのような気分だった。
6.オクラの形
野菜のオクラってすごく好き。
星型みたいでかわいいから好き!
ゆでて梅とかつぶしと和えてもおいしい、お味噌汁に入れてもおいしい
納豆は、嫌いだが、オクラは、大好き。
7.2024年10月5日
今日、すごく魅力的なバスの運転手さんに出会った。
横顔だけ見ただけですごく素敵な方とわかる。
誠実的でとてもいい人だった。
歌舞伎俳優にいそうな感じの顔たちで、本当に素敵としか出てこない
名前、年齢など想像しただけで胸がきゅんと高鳴る。
8、2024年10月15日
町は、かぼちゃや黒猫であふれかえり、もうすぐハロウィンらしい。
お菓子もごはんもハロウィンになってて、本当にたのしい。
9、2025年5月8日
私は、2025年2月付で長年務めてたスーパーを退職した。理由としては、あの洋日配の差別ババアから
「うざい」と言われたからだ。
朝、普通に挨拶しただけなのに、ただそれだけなのに「うざい」と言ってきだのだ。
私は、1週間、職場を休んだ。もう心がSOSを出してるかもしれないくらいやばかった。
就労支援の人にも「退職をします」と相談した。最初は、止めるかもしれないと覚悟はしたのだが
「そうですか。」と返事がきた。
もしかしたら、仏様が「よく頑張ったから退職したって罰は当たりはしないよ」と言ってるかもしれなかった。
そして、店長に「退職します。お世話になりました。」と話した。こちらもまた止めるかもしれないと
思ったのだが、店長も「わかった」とだけだった。
本当に仏様が「退職して新しい道を進めばいいよ。」と言ってるかのようだった。
3月15日付で退職手続きすることになり、1カ月は、有休をとって、3月15日に退職手続きをして、制服もクリーニングに出して、
クリーニングされた制服を返して、見事に退職した。
あの大嫌いな洋日配のOさんへ一言言えるなら「大嫌いな私、障害者で面倒くさい私が退職して本当に良かったね。
これであなたは、心置きなくスーパーでパート続けられるよ。ざまぁ」と言いたい。
10,最近の酷暑について思う
毎年、毎年、酷暑がひどいったらありゃしない。日傘しなければ頭が焦げそう暑さかもしれん。
昼間に出かけるのが億劫。夕方になってみれば、ひぐらし鳴き声が涼しく聞こえ、ひぐらしの鳴き声を聴きながら散歩するのが密かに好き。
歩いているとお隣さんが柴犬の散歩してるのを遭遇し、挨拶かわした。
飼い犬の柴は、私を見て、まるで「撫でて!撫でて!」と言ってるようだ。
「暑いね。おばあちゃん、お元気?」
「はい。毎日、テレビ見てクイズ番組見て脳トレしたり、歌謡番組見て、歌ったりしてますよ。」
私の回答にお隣さんは、安心して微笑んだ。
お隣さんの隣で柴犬が「早く!私に構って」とハッハッハ!と言って、私が撫でてくれるのを待ち望んでいる。
「よしよし~。いい子だねー!可愛いね!賢いね!」
まるでその言葉を待ってました!とばかり、柴犬は、かなり喜んだ。
お隣さんと別れ、私は、一回り散歩して行った。
夏は、ひぐらしの鳴き声を聞くのが密かな楽しみである。
11.憎たらしいリスト
夏の憎たらしいリスト作ったら、きっと、私の場合は、キリがないと思う。6月は、ムカデ。山でずっと暮らせぱいいのに家に入ってきて、人間を恐怖へ落とす。家に入れば最後なのになぜ入るんだ!と憎たらしくてたまらん。
6月になれば浴室にムカデ出るのが嫌で、父に殺虫剤持たせて待機させていた幼き日を思い出す。
今は、出れば容赦なく熱湯シャワーかけてる。
嫌いな人を思い浮かべながらやるとスカッとする。
小蝿。小さいのがちょろちょろして、鬱陶しったらありゃしない!
毎年、小蝿の殺虫剤何本使うか密かに数えていたりする。
もう少し繁殖能力が低かったら、多少なりとも良かったのにと考えたりする。
12.子供と日傘
最近の猛暑で子供も日傘さして歩くの見かける。小さな体で大きなをさして歩く姿は、まるで小人か妖精を見てるかのように可愛いらしい。
一生懸命、母親について歩くからなおさら、愛くるしい。
平成時代、子供は、思い切り日焼けして、思いきり駆け回って遊んだ。川釣りしたり、カエル捕まえたり、時には、プールで体冷えるまで遊んだ。
そんな時代が懐かしい。
今、この令和の夏、子供たちは、日傘さして歩く。
それは、それで可愛い!
13.大好きだけど憎いもの
ミントの葉っぱは、爽やかでおしゃれでかわいらしいが、1歩間違えれば憎いものに変わる。
我が家の庭には、ミントの楽園かとくらいミントが生えてる。
ちいさなちいさな植木鉢にちょこんと生えているくらいがちょうどよい。
我が家ではミントをフレグランスにしたり、ハーブティーにして多少なりとも愉しむ。
実家へ帰省した際、庭に嫌なくらいミントの楽園が広がり、年子の兄さまが
「ミント撲滅強化月間に入ったぞ。」
と勝手に1人で騒いでミントを狩っている姿をわずかながらに目撃した。
14.バスの運転手
タイヤが縁石を擦りそうなほど手慣れた手つきで、大型バスを操る女性運転手だった。
一見すれば頼もしい職人技なのだが、彼女の口から発せられるアナウンスは、どうにもトゲが尖っている。「黄色の線の内側まで下がってください!」という声は、指導というより叱責に近く、車内には終始ひりついた空気が漂っていた。
さらに気分の不調を決定づけたのは、バスを降りるときの「挨拶」の差だった。
前のドアから降りていく客の背中に向けられる「ありがとうございました」の声。身なりのきちんとした中年男性や、愛想よく会釈をした客には、車内に響き渡るほどの明瞭なトゲのない声が掛けられる。一方で、少しもたつきながら小銭を払った若者や、何も言わずに降りようとした客には、聞こえるか聞こえないかほどの低く短い鼻声が返されるか、あるいは完全な無言だった。
あからさまな選別だった。
自分の番が近づくにつれ、妙な緊張感が胸を締め付ける。まるで審査員の前で採点されるような心地でICカードをタッチし、できるだけ丁寧な動作で「ありがとうございます」と声をかけて下車した。
頭上で聞こえたのは、どこか冷ややかな、作業的な「どうも」。
バスを見送りながら、胸の奥になんとも言えない苦い後味が残った。
安全運行という重責を担い、荒波のような交通状況と戦うプロとしての苦労は察するに余りある。だが、ほんの少しの言葉の強弱や挨拶の温冷に、人間のささやかな悪意や区別が見え隠れするとき、乗客の心はふっと冷えてしまう。
あの一声ひとつで、乗客の一日の始まりや終わりが少しだけ灰色のグラデーションに染まることを、あの凛々しいハンドルさばきの主は知っているのだろうか。車煙を吐いて去っていく大きな後ろ姿を、私はただ苦笑交じりに見送るしかなかった。


