ANEMONE〜恋に終わりを告げたなら
「・・ったく。勝手なんだから」
もう一度だけ夜景を見下ろし、階段を下り始めた。
コンクリートの段差を踏むたびに、履き慣れたスニーカーが小さく軋む音を立てる。
街の灯りが近づくにつれて、現実のざらついた匂いが戻ってくる。
***
方丈倉庫の前に着く頃には、空気は湿り気を帯び、雲の底が低く垂れ込めていた。
鉄骨の門に貼られた剥がれかけの注意書きが、風に揺れてカサカサと鳴る。
入り口には、男が二人。
どちらも隣町の高校の制服に似たジャケットを羽織り、タバコをくわえながらこちらを見てニヤついていた。
「お?こんな時間に女が一人だぜ」
「襲われても、文句言えねぇなー」
足を止めず、門の方へ歩み続ける。
「悪いけど、相手してる暇ないの」
「何ぃ?誰に向かって……」
腕を振り上げて一人の顎を鋭く打ち抜き、その反動で身体を回転させて、もう一人の側頭部に回し蹴りを叩き込む。
乾いた音が夜に響き、男たちは呻き声も出せず地面に崩れ落ちた。
「おぉ、見事な回し蹴りだな、笑」
痛そー、なんて笑いながら月夜が現れた。その後ろから、やや険しい顔の男がついてくる。
黒髪を無造作にかきあげ、鋭い目つきでこちらを睨んでいる。
月夜の弟の葵。月夜の一つ下で私と同い年。朝倉組の若頭補佐をやっている。
「おい、兄貴。……何でこの女がいんだよ」
葵の声には、あからさまな嫌悪が滲んでいた。
理由はわかっている。
もともと女嫌いなうえにーー“あの子”のことがあってから、葵とはほとんど口をきいていない。
「例のもの、持ってきたか?」
月夜が葵を無視し、手を差し出した。USBを月夜に渡す。
「……はい。じゃあ帰るから」
踵を返して歩き出そうとした時、腕を掴まれた。
「なに」
葵「お前に面白いもの見せてやるよ。ついてこい」
逃げるとでも思っているのか、ものすごい力で腕を掴んできている。
振り解けないこともないけど、抵抗するのも面倒だった。
何となく、葵の“面白いこと”が何なのかは分かっている。私に嫌がらせがしたいだけだ。