父性本能を刺激したようで最上級の愛で院長に守られています
第五章 来たぞ、訳あり元カノ参上
 待合室から外を見上げると、気の遠くなるほど高い冬の空は深い黒に染まっている。

「梨奈ちゃん、お疲れ様、あがるね」
「お疲れ様です、また明日」
 戸根院長はどこだろう? 入院室の子たちの様子を見てあがるか。

 廊下を歩いていると梨奈ちゃんがカギをかけた正面玄関のドアがカタカタ鳴っている。
 私って顔も頭も目も良いけれど耳も良いんだなぁ。

 時間外に飼い主が強引にドアをガタガタ無理矢理こじ開けようとするのは日常茶飯事。
 家族同然の子になにかあれば獣医師にしか頼れないもんね。

 人間は、とりあえず飛び込みで診てもらえる病院が近所に数箇所あるけれど、動物病院は近所に何軒もないからね。
 
 こちらとしてもなんとか助けてあげたい想いでいるから、私たちに時間もなにもない。

 そこに救いたい動物がいれば、自分のちっぽけな予定を犠牲にしてでもなんとかしようとする。

 すぐに待合室に戻ると梨奈ちゃんが病院の入口のドアを開けていた。

 二月初旬の夜間は吹く風も頬に突き刺さるように痛く、体の底まで浸み通るほど寒くて冷たい。

 梨奈ちゃんは入口で飼い主に時間外の説明をしている。もちろん時間外料金がかかることだ。

 こっちは、あとから支払えないじゃ困るんだ。

 助けたい気持ちと矛盾しているかもしれないが、そこは動物病院はボランティアじゃないからきっちりと説明しておく必要がある。
 
 小柄で細身の私ぐらいの年格好の女性が、顔の周りが真っ白なラブの老犬を連れている。
 
「あっ」
 私に気付いたみたいだ。

 今にも泣き出しそうだった飼い主の瞳がキラキラ輝きを宿して、一心に私を見つめている。
     
 患畜にも見覚えがないのに飼い主が凄く嬉しそうな目で見てくる。
 知り合いにこんな可愛らしい女性いたっけ?

 救いを求めるような大きな瞳。安心したように控えめに笑みを浮かべるから、どこのどなたか記憶にないが私も知り合いみたいに笑顔で挨拶をした。

唯夏(ゆいか)

 私なんか透明人間扱いで、飼い主に一心に目を向ける戸根院長が私の脇を通り過ぎ、すぐに飼い主からリードを引き取った。 

 二人の動きがひとつ一つ自然なのはどうして?
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