父性本能を刺激したようで最上級の愛で院長に守られています
「アリス、久しぶりだな」
 懐かしそうに親しげに頭を撫でている。ラブは老犬だからか優れない体調のせいなのか反応が鈍い。

「祐希くぅん、ぐすん」
 飼い主がうるうるした濡れた瞳で見つめていたのは私じゃなくて戸根院長だったのか。
 
 二人の世界で私のことなんかまったく眼中にないみたい。
 挨拶さえ飼い主に見られてなかったのが小っ恥ずかしくて穴があったら入りたい。

「アリスになにがあった?」
「祐希くん、アリスがね、アリスがね」

「落ち着くんだ、アリスのことは唯夏がいちばん良く分かってあげているんだ。唯夏がしっかりしないでどうする」

「そうね、私が落ち着かなくちゃね」

「診察室でアリスの状況を説明してくれ。アリスおいで、ゆっくりで良いよ」
 二人が肩を寄せ合うように診察室に入ったのを見届けて、梨奈ちゃんに速攻聞いた。

「二人はなに?」

「あの方は四季浜(しきはま)唯夏さん、二十五歳で大手総合商社で働いています」 
「で、どうして二人は下の名前を呼び合う仲なの?」
「ええと、実はですね」 

 普段おっとりしている梨奈ちゃんが、輪をかけてまどろっこしいほどもたもたしている。

「なによぉ、戸根院長に気を遣ってるの? 私、口硬いから喋っちゃいなさいよぉ」

 戸根院長と私の仲を知らない梨奈ちゃんには冗談っぽく振ってみた。

 二人は恋人同士だったが、お互いに仕事が多忙ですれ違い三年前に泣くなく別れた。

「二人は嫌いで別れたわけじゃない。そういうことなのね?」
 梨奈ちゃんが返事のしるしに頷いた。

 バレットが落ちて(死んで)、戸根院長がペットロスになっていたときに支えていたのも四季浜さん。

 出会いは五年前、バレットの母犬が九頭産んだと知って同胎犬の集まりに参加したのがきっかけ。
 家が近かったことで交際に発展した。

「梨奈ちゃん、ありがとう。電子カルテの入力しなくちゃなのに呼び止めてごめんね」

「いいえ、アリスのカルテは登録してありますから、今日の状況を入力するだけです」
 梨奈ちゃんの言うことには戸根院長と付き合っていたときは戸根に通院していた。
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