父性本能を刺激したようで最上級の愛で院長に守られています
 テラス席は色々とエピソードがある。

 犬が走行中の自転車に尻尾を踏まれたとか、通行人にハンバーガーを与えられたとか、小さな子どもに目を突かれたとか酷暑で熱中症になったとかで戸根に来院する。

 そこのドッグカフェのことを言っているんだろう。しかし、この真冬の寒空の下にアリスとテラス席ってなにかの罰ゲームか。

「ここじゃダメか」
「う、うん......」  
 はっきりしない返事。

「二人きりは避けよう、彼女を不安にさせたくない。唯夏の彼氏にも心配をかけたくない」

 はっきりと断った。そうよ、それでこそ男、戸根院長。それで良いのよ。

「そしたら祐希の携帯番号教えてくれないかな。アリスのことも心配だし」
 アリスをダシに使うなんて哀しいことやめてよ。

「病院に電話をかけてくれ、出られなかったら留守電に入れておいてくれればかけ直す」

 四季浜さんの外見は引っ込み思案っぽくおとなしそうな印象だがぐいぐい押すねぇ。

「プライベートは立ち入らないでくれ。もう唯夏とは三年前にとっくに終わった。獣医師と飼い主の関係という現実を受け入れてくれ」

「祐希の気分屋さんは変わらないね」
 四季浜さんの的外れみたいな言葉と笑顔に、戸根院長の口角の上がった唇がキリッと一文字になった。

「彼女さんとはいつから?」
「唯夏に関係ある?」
「まだ私のこと好きでしょ、分かる」

 自信ありげに戸根院長の下から上へと品定めでもするように見ている。

「私がプレゼントした腕時計も肌見離さず身に付けているんでしょ、ポケットにさしている万年筆も。あの受付の上の二人の記念の壁掛け時計だってすべてそのまま」

「物を大切に使うことを未練があると捉えられるのか。唯夏のプレゼントだからじゃない、愛着がある。ただそれだけだ」

 物を大切にする人は人も大切にする、動物のこともね。

「疑問なんだがアリスが病み上がりを忘れていないか? 早く帰宅して休ませてあげてくれ」

「おとといは車で送ってくれるって言ったよね、今夜はお願いしてもいいかな。アリスがね」

「ちょっと失礼します、獣医師の伊乃里です。戸根院長は、これから学会で発表する資料作成をしなくてはいけないんです」

 我慢出来なくて二人の間に割って入ってしまった。

「戸根院長は寝る間も惜しんで患畜を診てくれています。その隙間時間をやり繰りしての資料作成なんです。真剣に仕事に向き合っています」

 梨奈ちゃんが心配そうに私の隣に来た。まずいと思ったら止めに入るつもりなんだろう。

「戸根院長の大切な時間を奪わないでください、殺人的なスケジュールをこなしていらっしゃるんです、戸根院長を殺す気ですか?」
 
 梨奈ちゃんが私の背中をそっと撫でてくれる。

「そんな......私、そんなつもりはないです」
「それでしたらアリスと戸根院長のためにお引取りください」
 
「祐希に対して、とてもご熱心ですね。先生は祐希の彼女さんなんですか?」
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