隣の席の坂本くんが今日も私を笑わせてくる。
「もしかして、喧嘩売ってますか」
「売ってへん売ってへん!! 誤解や! ……ハッ」
マスク越しからでも、バレたことに焦っている彼の様子が分かりました。
ため息を一つ落として続けます。
「……やっぱり坂本くんじゃないですか。何してるんですか」
「掃除用具入れに挟まってる……」
「わざわざ早くに学校に来て?」
「わざわざ早くに学校に来て……」
「何のために?」
「びっくりするかなおもて」
「……馬鹿なんですか?」
「……おっしゃる通りで……」
「とりあえず、そこから出てください」
「はい……」
掃除用具入れの中から、ぬっと足を出した坂本くんが一時停止します。
「何してるんですか?」
「いや……その……」
「?」
「……マスクが引っ掛かって出られへん」
「(見捨てようかな)」
「ちょお待って! 見捨てんとって!」
坂本くんが暴れるたびに用具入れががたがた揺れます。
傍から見ると棺桶に閉じ込められた吸血鬼のようで実に滑稽です。
「どうすればいいですか?」
「……手、引っ張って」
恭しく手が差し出されます。
その哀れな様を見ていたら、今までの悩み全てが馬鹿馬鹿しく思えて、もうどうにでもなれ、と彼の手を握り締めて引っ張りました。
抜け出した坂本くんは、床に正座をして深々と頭を下げました。
「ご迷惑をお掛けしました……」
綺麗な土下座です。
百獣の王の。滅多に見れない光景です。
その前で仁王立ちになり、坂本くんを見下ろしました。