離婚まで30日、冷徹御曹司は昂る愛を解き放つ
(とりあえず、みんなが帰るまでホテルから出るのはやめておこう……)

 母親に言った『この後予定がある』というのは、もちろん嘘である。予定などはない。だからこのままホテルに留まっても時間的には問題なかった。

 万が一にも注目を集めたくなかったので、周囲から不審に思われないように果菜はまっすぐに歩いた。すると、突き当りにエレベーターホールが見える。仕方ないので、そこまで行って足を止めた。

(どうしようかな……どこで時間を潰そう)

 そこでエレベーターを待つフリをしながら、身体をずらして今来た方にちらりと視線を向けてみる。すると、ラウンジの出入り口に、果菜の母親と父親らしき姿が見えた。

(もう出てきた!?)

 まずい、と果菜は思った。ここでエレベーターホールにいるのを見られたら、何をやっているのかとまた捕まって追及されるだろう。

 そんな焦る果菜の耳に、タイミングよく、チン、とエレベーターの到着音が聞こえてきた。

 見ればエレベーターが開き、扉の中から二人の男女が出てくるところだった。果菜は何も考えずに、そのカップルと入れ替わるようにエレベーターの中に足を踏み入れた。

(ええと、どうしよう。客室階はまずいよね。あ、レストランならいいかな?)

 果菜は操作盤を前に一瞬戸惑ったが、考えるままに、横にレストランと書かれている階のボタンを押す。

 そのエレベーターには、果菜の他には誰も乗り込まなかった。音もなく閉まったエレベーターはあっという間に指定の階まで果菜を運ぶ。

 チン、とまた到着音が鳴って、開いた扉から果菜はエレベーターを降りた。

 三時、という食事には微妙な時間だったからかもしれない。降りた先のエレベーターホールに人気はなかった。

 所在なさげにきょろきょろとあたりを見回した後、ふう、と果菜はため息をついた。

「どうしようかな……」

 果菜はぽつりと呟いた。
 そして、迷った挙句、エレベーターホールから廊下へと歩き出した。

(……とりあえずトイレを探そう)

 果菜は歩きながらちらりと視線を下した。お見合い写真は今も胸に抱えたままだ。まずはいい加減これを何とかしたい。

 だからトイレに行って、パーティーバッグに入れているサブバッグを取り出そうと考えたのだ。そのために少しの間でも荷物を下ろす場所が欲しかった。高級ホテルのトイレだからきっときれいだろうし、もしかすると、パウダースペースもあるかもしれない。

 そんなことを考えていたからか。

 その時、果菜は前方への注意を少々怠っていた。ホテルの廊下はとても静かでそこに人がいると思っていなかった。何も考えず目の前に来た角を曲がり、次の瞬間、急に目の前に現れた何かにどん、とぶつかった。
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