騎士団長様、クビだけは勘弁してくださいっ!

 振り返ると……近衛騎士団長の姿が視界に入った。

 けれど、待って。今この人……テレシアって言った? マーフィス卿ではなく? テレシアって?

 一瞬にして、身体の体温が下がった。人前で独身ご令嬢の名前を、同じく独身ご当主が、親し気に呼ぶ。こんな事、あってはならない事だ。しかも相手は、近衛騎士団長……さすがにそれはマズい。


「近衛騎士団長様、お探ししていましたっ! お借りしていたものをお返しいたします……!」


 内心焦りつつも、こちらに歩いてくる騎士団長様に剣を見せた。

 テレシアはやめてください、お願いですから。そんな必死な私を見て、一瞬だけれど笑ったような気がした。けれどすぐにいつもの表情に戻すと剣を受け取ってくれる。よかった、ようやく返せた……と安堵していた時だった。


「あぁ、貸したままだったな。予備があったから急がずともよかったのだが……」

「いえっ、さすがに剣は私が持っているわけにはいきませんので……」

「だがこれでは仕事終わりに会う建前がなくなってしまったではないか」

「……」


 ……なんて事言ってるのこの人はっ!! 仕事終わりに会う建前!? 近衛騎士団長と下っ端騎士団員が仕事終わりに会って何するって言うのよっ!?

 待て待て、まずはこの馬鹿か騎士団長様どちらかを退場させないといけない。どうしたら……


「で、その男は誰だ」

「あっ……」


 一瞬にして、この場の空気が変わった。まるで極寒の地に放り投げられたかのような、そんな感覚。そして、鋭く、重々しい槍が、その場を裂いた。

 生きた心地の全くしない空気。私もだけれど、槍を向けられた元婚約者は青ざめ震えあがっている。

 この男、終わったか?
< 54 / 124 >

この作品をシェア

pagetop