婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


 今度こそ包み込むように菜花を思い切り抱きしめる。ぽんぽんと優しく頭を撫でた。


「もう大丈夫」
「紅真くん……っ!」


 糸が切れたようにボロボロと泣きじゃくる菜花が落ち着くまで、ずっと抱きしめ続けた。
 泣き声が収まってきたので頬を撫でながらちゅ、ちゅ、と耳朶に口付ける。

 そのまま舌を這わせ、首筋にも吸い付いた。


「紅真くん、くすぐったいよ……っ」
「だって、消毒しなきゃ」


 他の男の匂いなんて消したいと思った。
 特に掴まれていた腕には念入りに、何度も口付けて上書きした。


「やっぱり怒ってる……?」
「怒ってないよ。菜花には」
「うう……」
「でも教えて? なんであんなことになったの?」


 菜花を怖がらせないように、優しく頬を撫でて潤んだ瞳を見つめる。
 菜花は少し迷いながら恐る恐る尋ねた。


「……紅真くん、華枝さんと付き合ってたの?」
「えっ」


 想定外の質問を投げかけられ、紅真は思わずポカンとしてしまう。


「華枝さんが言ってたの……紅真くんとは愛し合ってたのに、私と婚約することになったから別れたって」


 寝耳に水の話だった。全く身に覚えのない話だ。
 沸々と沸き上がるものを胸の内に抑え込みながら、紅真は菜花の目を真っ直ぐ見て答える。


「付き合ってないよ」
「本当……?」
「僕にはずっと菜花だけ。菜花以外を愛したことなんてない」


 この先も一生菜花しかいらない。

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