不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

黒い噂

「やっぱりあそこは瑞希ちゃんの担当か」
「前から言ってますが、社外の方に名前で呼ばれる覚えはありません」
「つれないこと言うなよ。同じ業界で働く者同士、仲良くしようぜ」
「結構です!」
「ハハッ、冷たいなぁ」

 きっばり言った私を彼はおもしろそうに見た。
 黒瀬さんはこんなふうにいつも軽い。
 他の女性なら、彼から親しげに名前を呼ばれたら、ポーッとなってしまうかもしれない。実際、そんな様子を何度も見た。
 でも、私は断じて違う。
 コンペなどで顔を合わせるうち、なぜか彼に覚えられてしまい、最近はこうしてからかわれるようになった。
 自分になびかないから、新鮮なのかもしれない。
 正直、迷惑している。
 主任からも『あいつは手が早いから気をつけろ』と忠告を受けたけど、私はこんな軟派な男は好みじゃないから、引っかかるはずもない。
 彼の設計には惹きつけられるのが癪に障るけど。

 黒瀬さんは三十歳の若さで設計会社を立ち上げ、それからこの五年の間に数々のコンペや賞を勝ちとり、一流の建築家として名を上げつつある。
 
(彼の作る建物は総じて美しいのよね)
 
 細部まで緻密に計算されたスタイリッシュさがあるのだ。
 それでも、コンペに負けて悔しいことには違いない。
 
「それでは、失礼します」

 形ばかりの会釈をして、黒瀬さんと別れた。
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