不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

また負けた

「あぁー、悔しい! また負けた……」

 私は神野リゾート開発の本社ビルを出たところで、がっくりとうなだれた。
 今日はこの会社の手掛ける再開発エリアの基本構想のコンペだった。
 昂建設計に勤める私、有本瑞希はこの数か月、睡眠不足になりながらもコンペに備えてきた。なのに、結果は惨敗。しかも、うちのチームはこのところ、連敗続きだった。

(憧れにはまだ遠いな……)

 昔から建物を見るのが好きだった私は、この会社で働き始めて六年になる。
 高校生のころできた商業施設に行ったとき、衝撃を受けた。なんて美しくてワクワクするところなんだろうと。私もこんな建物が作りたいと思った。
『あなたの思い出の場所を作りたい』
 そのころテレビで流れていたCMのように、私も誰かの記憶に残るような場所を作りたいと設計士を目指すようになったのだ。

(初めて主担当を任されたから、いつも以上に力を入れていたのに……)
 
「結構いいもの出しましたよね?」
「そうだよな!」

 一緒にこの案件を担当していた山田主任に負け惜しみを言うと、彼も勢い込んで同意してくれる。
 たしかに採用されたプレゼンはすばらしいもので、結果が不当とは思わないけど、それでも悔しくてならない。
 すると、後ろから笑いを含んだ声で話しかけられた。

「悪いな、昂建設計さん。今回も勝ってしまって。屋上プラネタリウムはよかったが、エントランスとの設計思想がチグハグだったな」

 振り向いた私の目に映ったのは、薄い唇の片端を上げて微笑んでいる優男。コク建築設計事務所の社長である黒瀬諒だった。
 一級建築士でもある彼の企画が今回採用された。
 このところ、負けたコンペをことごとくかっさらっていったのも彼である。
 設計の腕は抜群で、目つきは悪いが、むかつくことに顔もとびきりいい。
 長めの前髪が上がり気味の切れ長の目にかかり、やけに色気のある顔つきをしている。
 そのうえ、細身の長身に長い脚。誰もが認める男前だ。
 でも、私はふてくされて彼を見た。

(わざわざ話しかけてこなくていいのに。嫌味だわ!)

 そう思いながら、そっけなさを前面にして棒読みで答える。
 
「プラネタリウムを褒めていただき、ありがとうございます。黒瀬さんの設計も素敵でした」

 それは私が考えた部分だ。エントランスを担当した山田主任と揉めて調整不足のままコンペに出したのだった。
 痛いところを突かれ、私たちはムッとする。
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