不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

誤解

「嫉妬したのか?」

 癪なくらい色気のある顔で、私の頬を撫でてくるから、その手を振り払った。

(あんなの嫉妬するに決まってるじゃない!)

 やるせない気持ちで彼を睨みつける。
 そうでもしないと泣き出しそうだったのだ。
 それなのに、黒瀬さんは私を抱き寄せてきた。
 私は手を突っ張って彼から離れようとするが、その力には敵わず、腕に囲われる。
 黒瀬さんは顔を近づけて、目を合わせた。

「瑞希、誤解させて悪かった。あいつは妹だ」
「え? なに言ってるんですか。そんな白々しい嘘をつかなくても――」
「嘘なわけないだろ。俺のもともとの名前は神野諒だ。縁を切られたから、母方の姓の黒瀬を名乗ってるが」
「縁を? えぇー!」

 突然の情報量に私は混乱して、声を上げた。

(黒瀬さんが実は神野さんで、綾香さんは妹で……? ってことは、綾香さんは本命じゃない?)

 私はまじまじと彼を見つめた。
 誤解だったという喜びもある半面、まだ自分の立ち位置が明確でなかったからだ。
 そんな私にまっすぐ視線を合わせて、黒瀬さんは言った。

「俺が好きなのは瑞希だ。なんで勝手にセフレになってるんだよ」

 甘い言葉のあとにボヤキが入る。

(黒瀬さんが好きなのは私?)

 いまだ信じ切れない思いで、彼を見上げた。
 
「……もう一度言って?」

 安堵と期待に瞳が潤んでくる。

(本当に信じてもいいの?)

 そんな私の疑念を感じたようで、黒瀬さんが言った。

「瑞希が好きだ。俺が恋人にしたいのは瑞希だけだ。前向きなところも気の強いところもなにもかも、いちいち俺の心に刺さってくる。好きなんだ、瑞希」

 真剣なまなざしが私の胸を射抜いて、息が浅くなる。
 その直後に黒瀬さんはニヤリと口をゆがめて続けた。

「……どうやらよくわからせないといけないようだな」

 私の唇をゆっくり指で撫でてつぶやいた彼の笑みは艶っぽく、ぞくりと背筋が官能に震える。
 彼が本気で言っているのがわかったけれど、深く感じさせてほしくて、私はその首もとに腕をからめた。

「うん、わからせて……」

 ゴクリと喉仏を動かした黒瀬さんは、すぐに唇を押しつけてきた。
 開いた隙間から舌が忍び込んでくる。
 舌をすくい取られてからめられた。

(甘い……。キスが甘いわ)

 必死にそれに応えながら、喜びが爆発する。
 
(黒瀬さんが私を好きだって!)

 その夜、私は、彼の気持ちを疑うことができなくなるほど愛をささやかれながら、熱い夜を過ごすことになった。
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